何気ないところに小さな幸せが・・・。そんな日常を「徒然なるままに」語ってます。   
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花冠の夢叶いました!
今日はまたまた結婚式の裏話を。
興味のない方はスルーしてくださいね。

披露宴ではお色直しはしませんでした。
予算的な問題もありましたが、二次会でドレスを着換えたかったのと
ウェディングドレスがとっても気に入っていたから!というのもありました。
披露宴で新婦が中座するのが恒例ですが(ホントあっという間に感じました。。)
私はイメージチェンジということで、髪型を変えて登場しました。
多分男性の方はあまりぴんとこなかったと思います(笑)

実はまたまた夢があって、花冠をかぶりたかったんですよね。。。
小さな頃からシロツメクサの花飾りとか大好きでした。
でも生花でこれをつくるととても高価だと伺って
なんとかできないものかといろいろ調べているうちに
浅草橋にある造花やクラフトの専門店
east side tokyoさんのHP内のブログコーナーにあたりました。
そこにはまさに花嫁さんのために花冠を特集しているブログでした!!!

一体いくらでつくれるもんだろう。。。と早速電話。
すると結構リーズナブルなことが判明。
のんびりとした店員さんが
(お花屋さんの店員さんって、ほんわかした方が多くて癒されます☆)
「一度お店に来てくださると、たくさんカワイイお花がありますので
その時に相談しながら決めましょう」とのこと。
ブーケの花が決まった12月、浅草橋まで足を運びました。

店内にはすっごく可愛くて「えっこれも造花?!」っていう商品がいっぱい。
細かいところにもこだわって、すごく精巧。
いるだけでワクワクしてきました(笑)
あと1つ疑問だったのが、
私はドレスの時はアップスタイルの方が似合うので
髪はお色直し後もアップにしたかったのだけど
「アップ+花冠」って微妙なんじゃないか、、、の件。。
それもヘアバンドのような形で、こめかみからこめかみで終わるのが
カワイイでしょうと店員さんがアドバイスをしてくれて
ブーケとドレスを見せながらいろいろとイメージが膨らんできました。

店内の造花は本物そっくりにつくってあるので
茎から2,3本花が出ているのがほとんど。
花冠に使用したのは4種類。
どれも花冠だけだと余ってしまうので急きょ追加されたのが「手首にも花」(笑)
これは結構気に入りました☆

そしてもう1点。
二次会の衣装は花柄だけど、花がつけたかった私。
これまたやりたかった「小花を散らす」の夢を叶えました。
ついでにウェルカムボードの飾り用の花も買って

花冠+手首の花飾り+加工代+二次会の花飾り+ウェルカムボード飾り花
しめて7,000円!(驚)
east sideの会員になれば25%引だったので、8,000円から値引きになりました☆

いやぁいい買い物をしたした☆

造花は挙式が終わった今でもキレイに保管できます。
今はケースに入れて、グローブと共に寝室に飾っています♪
すっかり造花ちゃんの魅力にとりつかれ
家の中にお花が増えました(笑)(もともと好きだったけど)

east side tokyo

east side tokyo でつくってもらった花冠。
店員さんのセンスの良さに脱帽&感謝!
とっても気に入ってます☆
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ブライズメイド秘話
さてさて、またウェディングでの秘話を紹介。
私が挙式でどうしてもやりたかったことの1つに「ブライズメイドをたてること」がありました。
実際式に参加された方にはまだなじみがなく、花嫁より先に登場するので
「植野の愛人か?」とか「すいかと思ったw」といろいろな声を聞きましたが、、、
ブライズメイド(bride's maid)とは花嫁の付き添い人立会人として結婚式で花嫁の側に立つ女性たちのことです。
主に花嫁の友達、姉妹、親族で、未婚の女性が務めるとのこと。
バージンロードで花嫁に先立って入場し、白以外のお揃いのドレスを着てブーケを持ち
花嫁に華を添え引き立てる。ドレスは新婦が用意してプレゼントするのが通例です。

花婿側の同じ役割をグルームズマン(日本ではアッシャーと呼ぶ場合が多い)と呼び
ブライズメイドとグルームズマンは人数を揃えるらしいです。
一般的にブライズメイドは2~5名程度選ばれ人数が多いほどステイタスが高いとされるそうです。
ブライズメイドやグルームズマンの習慣は、中世のヨーロッパが起源で、
花嫁の幸せを妬む悪魔から花嫁を守るために、未婚の姉妹や友人たちが花嫁と同じような衣裳を着て
付き添い悪魔の眼を惑わした伝統が由来だそうです。

私はアメリカ映画の見過ぎで「ベスト・フレンズ・ウェディング」なんかの影響でしょうか。。
結婚式と言えば絶対にブライズメイドと一緒に!!とずーーーい分前から決めてました。
そしてずーいぶん前から親友たちには「お願いするから頼むよw」と相手も決まらないうちに
伝えていました。アッシャーの存在は置いておいて、ダーリンには
なんとか私の願いを聞き入れてもらいました。

結婚式場の手配の次に取り組んだのが、親友たちへのドレス選び。
個性が全くちがう3人。当初は「デザインはそれぞれで変えてもいいじゃん?w色は合わせようね」
なんて言ってました。。。それが奇跡的に!同じデザインに!!!
ピンクに近―いパープルになったので、私のブーケは彼女たちのドレスに近いイメージを選びました~。

ドレスでお世話になったのはこちら
エクラ銀座
既成のデザインがいくつかあり色はこちらの自由に指定。
ちょうど親友にデザイナーがいたので、いろいろと色に関しては監修してもらいました☆
私たちは事前に「気になるなぁ~」というものをピックアップして
銀座のサロンで準備していただき、実際に着て見て見ました。
やはり外国人モデルさんが来ている写真と実際私たちが着て見るのでは随分イメージが違いました~。
結局それぞれが「これ!」と言っていたものから、シンプルなデザインのものに統一。

冬の寒い時期の挙式だったので、チームブライズメイドのボスがw手編みでストールを編んでくれていました。実はサプライズで私にもプレゼント♪とっても嬉しかったです☆

親友たちのブーケはお友達のソーシャルフラワーアーティストの
岡崎万奈ちゃんにつくってもらいました。(彼女たちが手にしているブーケです)
http://mana-okazaki.com/

ブライズメイドの入場
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挙式、披露宴、二次会と華を添えてくれた親友たちとステキなブーケ
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再スタートしてみよう♪
随分と長い間書いていなかったけれど
大分身辺が落ち着いてきたので再開してみました。
父が他界し、結婚を意識する人と出会い、半年でプロポーズから結婚へ
慌しく2012年が過ぎていきました。
あと、結婚を機にではあるけれど、会社を辞めて映像翻訳の道に本格的に進みました。
今は自宅でぼちぼち仕事しているけれど、週に1度は総括しながらここで振り返っていければ
なんて思っています。

先日1月27日によーやく挙式を終えて、なんだか受験戦争が終わり志望校に受かった気分で
一気に気が抜けてしまったような。。
準備でバタバタしたのは3か月くらい前からだったけれど、
それでもあれやこれやとダーリンと喧嘩もしつつ、、いま振り返ればとっても楽しく!いい思い出になりました。

もともと披露宴なんて、照れくさくてイヤだなぁと思ってました。
なんだか高砂にいる2人がさらしものみたいだし、でも
いろいろと考えていくうちに、やっぱりやりたいなぁという思いが強くなっていきました。
年を重ねて今までたくさんの結婚式に出席させていただいて
「自分ならこうするなぁ」とか「これ?自己満足じゃん?(まぁいいか)」などと
好き勝手に思っていたので、それをいかしつつ、、感謝の気持ちを伝えたい一心で準備しようかなぁと

教会にはこだわりがありました。
とにかくステンドグラスが美しいところで挙式したかった。
歴史あるステンドグラスに日差しが差し込んで、室内を照らす。
花嫁は長ーいベールをまとい、、、のようなイメージ

結婚式は両親も巻き込む家族のイベントだと言うけれど
私は随分と自分のワガママを叶えさせていただいた気がする。
そんな意味で面倒なことを言ってこなかった親、親戚に感謝。
そして何よりもダーリンにも感謝。
半年前から一緒に暮らしているので、もう名字も変わって半年だし
式が終わって何が変わった?というわけでもないけれど、
やっとスタートラインに立ったんだなぁと実感しています。
さて、これから少しずつ挙式準備の秘話でも書いていきます。


セントグレース大聖堂
2軒しか見ていない教会で、即決めした美しい大聖堂。
式当日はあまり余裕がなくて聞けなかったけれど
聖歌隊の歌もステキでした。
予算の関係で冬の挙式になってしまったけれど、
結果的には雲一つないすっきりと冬晴れの中、清々しい気持ちで挙式ができました。
でも冬場は安い反面、雪やノロウィルス、インフルなどのリスクも大きい。
それは痛いところだなぁとも思いました。
披露宴会場は隣接したグラマシースイート。
アットホームなもてなしがしたかったので
邸宅に招いたような感じの会場でなかなかそれもステキだったかしら。


アクア・グラツィエ
まずドレス選びから開始した結婚式準備。
GW明けにゼクシィ買って、ドレスの写真を楽しみながら見ていたものの、、、
うーん、、ドレスは着てみないとわからないし、自分が着たいものが似合うかも不明。
身長は高くないし、似合うドレスが限られるでは?!とも不安になる。
アクア・グラツィエでの初回打ち合わせ
かわいらしいドレスがたーーーくさん飾ってあって、どれもステキに見える。。
でもそんな中から選んでてもスムーズには決まらなかったでしょう。
打ち合わせで「どんなものが着たいか」を聞かれたので

・清楚
・ふわふわ、ひらひらした可愛らしいのはイヤだ(もう若くないし)
・ベールはロングレーンにしたい
・予算

この4点だった。
すると、担当のお姉さんが持って来てくださったウェディングドレス3着はどれもステキ!
とくに一番初めに着たものは運命の1着w即決まりました。
胸をなでおろしたのはダーリン。
まわりから「ドレス選び、時間かかるぞ~」と脅されていたんでしょうね。

お色直しはしないけれど、二次会のドレスも必要でした。
ウェディングドレスを延長して3万もしくは変えるか。。。
ウェディングドレスと一緒にここでドレスを変えれば定価の70%オフになると言われ
10万円台のドレスにできれば、ここで借りようと思いました。

実は私はカラードレスに関しては着たいものがありました。
笑われそうだけど、、、

・「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラが着ていたみたいな、肩がばーーーーんと開いた
花柄のドレス


昔私が高校生の頃に出版されていた文庫の表紙のイメージw
事前に準備いただいたカラードレスは、原色系がまったく似合わず
ライラックとピンクの間くらいのやさしい色のシンプルなドレスはまあまあ似合っていたので
これにするかぁ、、、と思っていたけれど、ピンとはこない。
それで恥ずかしさは置いておいて、一生に1度だし、上記の希望を伝えてみました。

すると!!花柄の色は緑から赤に変わったけれど
最高にステキなドレスに出会えました☆
ことのほかゲストからも好評でした☆
しかもちょっと変わったデザインだったため、定価もお安く予算内。

とにかくスタッフさんがプロだなぁと思いました。
私の希望を叶えてくれてありがとうございます!!

ステンドグラスきれい☆
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長ーいベール♪
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晴天!
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お気に入りのドレスはこんな感じ☆
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二次会で着たドレス、、分かるかなぁ
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「最強のふたり」
今年も東京国際映画祭に行ってきました。
そもそもオフィスがあるヒルズが会場なので
とても身近な存在になって早数年。今年で3度目の参加。

今年は字幕のお勉強にもなる中国語の作品に
いまいちピンとくるものがなかったので
別の国の作品を見てきました。

「アルバート・ノッブス」「チキンとプラム」

どちらもとてもよかったけれど、舞台挨拶もQ&Aもなく
結構地味な作品を選んだなぁ、、、と映画祭らしさに欠けていた今回の選択だったか。
でも、最後に1作品。。。やはり!!
コンペ部門のサクラグランプリに輝いたこの作品

「最強のふたり」
http://2011.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=25


私の中では今年No1の映画。
クロージングセレモニーまで、受賞作品が分からなかったんだけれど
コンペ15作品のうちどれになるのか、ホント楽しみでした。
(でも内心、めちゃくちゃつまらない作品だったらどうしよう。。。と
チケットを先に買ってしまっていた手前、不安でもあった。。。)

事故で首から下が完全に麻痺してしまった車いす生活の富豪と、
介護役に抜擢された黒人青年との心あたたまるストーリー。
実話に基づいているとのことです。
一見共通の話題もなければ、心も通わなそうな富豪とチンピラ(は失礼かな)の生活だけど
一緒に過ごしていくうち、ふたりは様々なものを調和していく。

私は実はこの二人、共通点があるんではないかなぁと思ってみてました。
主には2点ではないかなぁと思っています。
まず1点目は「人生前向きであること」
そして「ゆるす精神を持っていること」、「相手を突き放さない、受け入れる能力があること」
つまり「基本的にとても心があたたかい人であること」ではないでしょうか。
だから2人は仲良くなったのではないかなぁと。。。
お金持ちだけど自分ひとりでは何もできない身障者のフィリップに対して
ハーレム育ちの黒人青年ドリスは憐みの目なし。対等に接し自分の考えをぶつけてくる。
片や知識豊富なフィリップは一見正反対のドリスに対して、同様に偏見の目は持たず
むしろ彼の知らない世界を沢山紹介していく。(逆に教えられることもある)
二人はどちらかがGiveでもなく、どちらかがTakeでもない
持ちつ持たれつの関係となる。
それは誰もが持つ「ワル」な部分と「良心」的な部分が突出した二人が
私達自身の鏡のように思えるからこそ、私達は親近感がわいたのかもしれない。

ストーリーのテンポの良さもこの映画の特徴かもしれない。
飽きさせない笑い、感動、嫌悪、緊張、、と様々な情景が散りばめられている。
また、フランス映画って、しっとりねっとりなイメージがどうしても強かったけれど
映画館で観客みんなでわっはっはって笑える映画を久々に見ました。
アメリカンジョークというわけではなく、万国共通のほほえましい笑いってやつです。

年末が近くなってきて、
こんな形でステキな映画に出会うことができてホントに幸せ。
やっぱり映画ってホントにいいなぁ~とつぶやいてしまう今日この頃でした。


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久々に文章書いています
5月からもう4か月たってるんだ!
この間にいろんなことがあったんだなぁと
すごく濃い日常を過ごしていたことを思い出します。

ようやく秋を前に、自分のことを相対的に見れるようになったかも。
正直時間がかりました。
6月10日の父の死、死後のバタバタ、裏切り、沢山?の失恋(←これはおまけみたいなもんか。。)
とまぁ、我ながらこの数か月間はよく頑張ったと思っています。
なかなか会えないお友達や、この日記を通して私の近況を確認してくださっていた方々に
大変ご無沙汰してしましました。
この場をかりて、、、本当にすみません。
疎遠になっている方々にも、すみません、ホント気持ちに余裕がなかったもので。
何はともあれ、すいは元気に頑張っています。
これからはもう少し近況をアップできるかと思います。

前回の日記は、GWの中国旅行の報告でした。
あそこで書いている通り、しっかりと父の看病のための覚悟を決め
おもいっきりはじけてきました。
その後、5月は毎週末父の病院に通っていました。
緩和病棟にいながらも、ただ死を待つだけは本人はイヤがっていましたので
いろいろな方法を模索していました。
その中でも一番大きかったのが免疫治療。
順調に行けば、2月頃には受けていたのだけど、いろいろあって
腸閉塞を起こしちゃって、入院。
「退院したら、、、」という本人の希望とは裏腹に病状は悪化。
結局はいったん退院したものの、また戻ってしまい
5月以降は日に日に弱る一方でした。

私は入院後、毎日父の側にいたわけではないし
週末と平日仕事後の短い時間しか父のところには行っていないけれど
今思えば亡くなるまでの1か月間は、今までの33年間の中で一番
父と過ごす時間が長い日々だったかもしれません。
こんなこともなければ、経験することもなかっただろうけれど
父の入院前に母がこっちにきて
我が家にて私の作ったお好み焼きを囲んで家族だんらんを初めて経験しました。
私はそれが本当にうれしくて、うれしくて、、、
だからそれだけで十分だと思いました。

父の最期、6月10日は「今週がヤマだ」と言われている中で迎えた金曜日。
午前中仕事をおわらせ、私は午後から病院に。
病院の1階ではピアノとバイオリンの生演奏をしていて
「アメージンググレース」が演奏されていました。
私はそれを聞きながら、涙が止まらなくてなんとなく父とのお別れが今日になる気がしました。
でもそこで沢山泣いたので
父の最期はしっかりと「ありがとう」「よく頑張った」と伝えられました。
以前、母から「なくなる間際まで声は聞こえているもんだから、しっかり話しかけてあげなさい」
と言われていた。おそらく継父が亡くなった時の経験だろう。
私は1時間ずーーーーっと叫びっぱなし。
沢山伝わったと思う。安心してくれたと思う。
毎日献身的に看病していた継母に比べて、私は小さなものだけれど
継父の時の後悔があったので、前からこの日記にも書いている通り
悔いがないようにしたかった。
私は等身大のまま、ちゃんと送り出せたと思います。

そして父の死後はいろんなことがあった。
でもそれをここに整理して書けるほどまだ心は穏やかではない。
私は性善説の元生きていて、人のイヤな部分を探しながら生きていくよりも
その人のいいところを見ながら人づきあいをしている方。
でも私と性格が間反対で、私が父の件で最も信頼していた人と
喧嘩別れしてしまいました。
これを国民性の違いという言葉だけで片づけたくない。
一番ショックだったのが、中国には2年近く滞在し
現地にも沢山のお友達がいる。そんな中いい部分いやな部分いろいろとみてきたけれど
私は一般的な日本人よりも中国人の方のことがよく分かっていると自負していた。
それなのによく分からなくなった。
中国のお友達に話すと、「それは国民性ではなくて彼女個人の問題だよ」と言ってくれたけど
何はともあれ信頼していた人がこんな形で裏切るとは思っていなかった。
裏があるかもしれない。
外野はいろいろ騒いでいたが、私はどうでもいい。
むしろ関わりたくない。彼女には会いたくない。
継母のとった態度の件で、父が少し遠い存在の人になってしまった。
父があの子を選んだことに今は疑問。
彼女自身の人格を皆に誤解をされたまま、その誤解を解くべきがどんどん雪だるま式に不信が広がっていった。
、、、下手だなぁと思った。
結局は彼女は父以外の誰も愛していないことがよく分かったし
覚悟していた父の死よりも、それがいちばん胸を痛めつけたし
腹が立ったし、世の中のいろんなことが一時どうでもよくなったりもした。

親戚からは父の病状が分かった時点で(手術が終わった後にすぐ)話して欲しかったと
言われましたが、なんだかんだ言ってそれは不可能でした。
私自身、誰を信じていいか分からず
まずは父を信じるしかありませんでした。
父の兄弟達親戚とは全く私は交流ないし。
結果的に私が一番信頼していた継母と父の親友(と父が言っていた方)に裏切られるという
最悪な結果が待っていましたが、、、まぁそれと引き換えに
親戚たちと仲良くさせてもらったので
やっぱりこういう時は血縁なんだなぁと勉強になりました。
(もちろん血縁がトラブルのもとになることもあると思うが)

、、、、人はいつか亡くなる。
別れと永遠の別れは違うのだなぁ、、でもなんでだか四十九日を過ぎても
父がそばにいる気がしてならない。
普段からそんなに会っていないからなのかもしれない。
だから結局ここ4か月実感がないまま、過ごしてきた。
お墓で手を合わせていてもそれは同じだった。
ともかく今を一生懸命に生きるのみ、、、今はそう思いながら頑張っています。

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