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何気ないところに小さな幸せが・・・。そんな日常を「徒然なるままに」語ってます。   
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これからどうなることか。。。
まだまだ微妙に余震が続く東京
電気もガスも平気なので、幸せだと思わなくてはいけないかな。
テレビで報道されている情景にはとても心が痛みます。
福島の会津若松にいるサークルの同期とはひとまず連絡がとれたので
私の周りで東北にいる人の安否は確認できて一安心。
でも、彼は福島県庁に勤めているのでいろいろと大変だろう。。

関東以西にお住いの方々からは、沢山の励ましのメールやご連絡を頂戴しました。
本当にありがとうございます。
今回の地震は、友達や同僚さまざまな人たちの温かみ
人と人とのつながりを強く感じるきっかけとなりました。
安否を心配しあい、それでも一人では生きていないことを実感しました。
ちょっとしたチェーンメール事件なんかもあったけれど。。。
海外からもメールが入っていたので、無事である旨、早く返信しておかなくては。

東京近辺の方で地震に遭遇した方は
ほぼ私と同様の経験かと思いますが、
いちお記録しておこうかなぁという気になりました。

地震の時間帯、私はいつものようにヒルズの34階で働いていました。
クライアントさんとお電話をしている時に強い揺れを感じ
同じ週にもけっこうな揺れを感じていたけれど
これはもっと強力だと直感し
「あっ、ともかく電話きりましょうか」と言って、電話を切って机の下へ
机の下に入ったのは、避難訓練で学習していたからというよりも
単純に揺れが怖かったから。すんごくすんごく揺れました。
船も飛行機も苦手なので、あの横揺れがたまらなくダメで
日本一安全なビルだと分かっていたけれど、怖くてともかく座っていられなかった。
他の方たちは結構平然としていて、外の景色とかを眺めている人もいた(ホントは窓側は危ない!)
EVは全館ストップ。
そうこうしている間に、もう一度大きな揺れがあり、震源は東北
地下鉄などの交通手段がストップしていることが判明。
うちの会社にはテレビがなかったので、みんなワンセグの携帯電話を出して見ていた。
窓から見える246号では首都高がストップしていおり、すでに帰宅を徒歩ではじめた人たちの
流れが見られた。
東北にいる友人が気になり、机の下からメールを送る。

会社から「帰ってよいよ」コールがある。
私は決めかねていた。
月曜日から入社する方の準備も残っていたし、振込作業もあるし
研修の準備やら。。。。ともかくやることがいっぱいだった。
飲み明かす!なんてのも手かなぁとも思っていたのだけれど
予想に反して飲み友達はみんなまっすぐお家に帰る方向。
(もちろんメールは届いたり届かなかったりの不安定な感じ)

仕事の終了の仕方は微妙だったけれど、緊急事態だし
同方向の会社の先輩がいるので、歩いて一緒に帰ることにした。
方向音痴ではない方だけれど、一人だと不安だし。
その先輩は人形町に住んでいて、都内はよく自転車でうろうろしているので
道案内はばっちりだというのも心強かった。
いちお「災害用帰宅マップ」とペット水を鞄にひそませ出発。

六本木を出て溜池、銀座を通り、東京駅、茅場町そして人形町
徒歩の人の流れは止まることなかった。
立ち食いソバや吉野家は大繁盛。
そんな吉牛の様子を見ていると無性にお腹がすいてきたけれど。。。けどしばし人形町まで我慢。
こんな日に限って、買ったばかりの春のパンプスをはいていたのだけど
社内はきナースシューズで帰るわけにはいかないし、ひとまず頑張ってみる。
先輩と話しながら歩いているとあっという間で、1時間45分の軽い運動で
私にとっては余裕な距離だった。

おそらくここからさらに数キロという人たちも多いだろう。
平均値はどれくらいの距離だったんだろう。
おそらく10キロ以上。
厳に都内ではたくさんの施設が仮眠場所として開放されていた。
私の上司は20キロ以上ある距離なのに、徒歩で出発していた。
帰り道に電話した友達も20キロくらいの距離を歩いていると話していた。
途中で電車にのれたみたいだけれど、ホントに都民にとっても災難な一日だった。

私の災難は家に帰っても続く。
一番冷や汗だったのが、デスクトップPCの画面が落下していたこと!
コードをつけたらつながったので一安心。
翌日クリーニング店のおばさんから聞いた話だが、
買ったばかりの液晶TVが落下して壊れたなんて人もいたらしく、
落下防止のシリコンを絶対購入しなくては!
と強く思った。
ダストボックスの上においていた梅酒も落下、ヒビが入ってしまっており
半分以上が床に散乱。これはトホホな感じ。。
CD散乱、でもこれが運がよく1枚も割れていなかった。

高層マンションは全く平気そうなのに
我が家は激しく揺れたんだろう。
そう思うと、ここにいたらホント大変だっただろうなぁ。。。と改めて思った。
後で母からも言われたけれど、高いところに落下して怪我をするものを置くなとか
枕元に懐中電灯はとても大切なことかと思った。

昨日母には「東京に避難警報がでるかもしれないから、パジャマで寝るな」とまで言われた。。。
いいです、ジャージ&すっぴんでもちゃんと逃げますから。

こんな不安がいつまで続くのだろう。
いつか大きな地震にあうだろうとは思っていたけれど
どちらにしても、もう少し備えをしておかなくてはいけないのも事実。
会社でもそんな見直しをしなくてはと思った。
明日は早く会社に行かなくては。
やることいっぱい。。。

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最後の一週間
前回書いた日記から、かなりの日数がたってしまった。
それも前回書いた内容「引越」に関わる大作業で
ひじょーーーに毎日バタバタ生活でした。

とんとん拍子にお家が決まって
なんんだか運気が上向きだと前回書いたけれど
もちろん全てがいいことと言うわけでもなく
様々な面倒なことにも遭遇するし、不愉快なこともある。
でも相対的に、とてもHAPPYなのであります。

こんなにも運気って変わるんだなぁと
自分でもびっくりしている。
昨年の不運は全てが付き合っていた彼に起因しているとは思っていないが
何分それを中心に「忍耐」と「努力」と「やせ我慢」と、、、で
自分の気持ちにむちを沢山打って生活してしまったかもしれない。
気持ちに余裕がないから、周りの友達に助けられながら
なんとかやっていた次第。
糸がぷつって切れたら最後で、あとはもつれて転がるだけ。

今は、とあるきっかけでふっきれてから
新しい出会いがあり、決断をして、いろいろ受け入れて
しっかり前を向いて歩んでいける、そんな自信もついた。
なんだか展開の早さにも驚いたけれど
そんな私にとって、そんな時期だったのかもしれない。

柏での生活があと一週間を迎えようとしている。
練馬から傷心で出てきて、なにもかもない状態から始めた生活。
これからの香港への再出発だけが、望みのツナだった。
ただがむしゃらだった20代半ばを終え、後半を迎えたころ
勢いだけでは動けない「妙な」理性も働いたりした。
結局再出発をやめ、もう少し日本で自分を模索しようと思っていた頃に
前彼に出会った。
彼は私に愛されることの幸せを教えてくれた。
すごく大切に大切にしてくれた。
だから、彼が東京にいるときにほとんど一緒に過したこの家には
沢山の想い出が詰まっている。
せめて、きちんとお別れがしたかったけれど
お互いがお互いを支えられなくなった弱さを感じてしまった。
きっと彼にも彼なりの理由があって、だからお互いがその弱さを感じてしまったのだろう。
まだまだ振り返って総括できるような時期ではないけれど
気持ちが新しい一歩を踏み出したから、出発の準備は十分できた。

すごく沢山ステキな想い出がつまっている大好きな街だから
以前の練馬のように二度と足を踏み入れたくないという気持ちはない。
なんだか第3の故郷ができた気持ち。

ビックカメラのフルボトルのワインは全部飲み干した!
クリーニングのおばちゃん、いつもかび臭いお洋服もってっちゃって、ゴメン
千葉県、マツキヨだらけ。日配売ってるなんて
意外とびっくり規模でかい、柏祭。ねぶた?!
東急ハンズ、ビックカメラ、高島屋、そごう、丸井。。。全て徒歩
前ダーリンと通ったお店、丸ごと揚げニンニク、スペインバル、焼肉。。。


柏よりも都心に暮らすことになるけれど
柏よりもずっとずっと小さな街になる。
この街の暮らしやすさと、なんでもそろう便利さと
ゆったりとした空気は感じられないかもしれない。
でも、今だからこそここを離れることの意義があるし
新しい一歩への意義がある。
そう、新たに理解しあえる大切な人に出会え
毎日いろんな面白い発見があって笑顔が絶えず
ほのぼのとした空間が見えるから。





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冬がはじまるよ
非常にご無沙汰しておりました。
先週、知財権の試験を終え、心身ともに楽になりました。
ここ1ヶ月間、本断ちは苦しかったけれど
お勉強の内容としては、楽しかったし
まぁ今は再び活字さん達に会えて、よかった。
なんとか11,000円支払った試験代は一回でパスできそうで
ほっとしております。
教科書にのっていない問題が2問もあったので、冷や汗でしたが。

心身ともに楽になったのは
他にも要因があって、それは友達たちはよく知るところ。
帰らぬものを待っていても仕方がないので
しばらく距離を置いて(物理的な距離はすでにできているけれど)
平穏な冬を迎えようかなぁと。
なんだかいろんなプレッシャーから急に開放された気分で
いろんなことがあったから、楽になって
アロマな香りがすーっと体の中にしみこむ今日この頃です。

ふさいでしまったとき
何もかもぶちまけて、ブルーな自分をさらけだし
聞いていて楽しくもない話を、イヤとも言わず、存分に聞いてくれた友達たちに
まずは感謝、感謝。
ありがとう。
私はひとりじゃ生きていけない。
私の周りには、こんなにも私の味方でいてくれる人がいるんだなぁと
改めて実感しました。
そして、私から全てを語らずとも、いろんな状況を分かってくださる周りの方々にも
とても感謝です。
その「頑張れ」の一言に、元気のおすそ分けに、何度助けられたか。
まるで生活をのぞいているんじゃないかと思えるような、絶妙な母からのメールにも
随分はげまされました。
私は頑張った。
精一杯やった。
だから、この冬はおもいっきり自分を誉めてあげて
好きなことをのんびりとやっていきたいと思う。

あなたは、余裕がないのでしょう。
私も余裕がなかったの。
だから、お互いに心の余裕が出来るまで、
リハビリに何ヶ月かかるか分からないけれど
ゆっくり休憩したいと思いました。

そんな、数週間でした。
2年半という時が、いやな空気をもたらす。
前厄→本厄っていう人生最大級の波もあるかもしれない。
そりゃ、きっと来年もいろんなことがあるでしょう。
でも私は、すいらしく前を向いて歩いていきたい。
ここ数ヶ月、横ばかり気になって焦って歩いてきたけれど
目の前につるされた人参だけを見ながら走っていれる日はよかったんだけど。
ホントの幸せかなんて誰も分からない。
息が苦しくなるまで、頑張る必要なんてないと思うし。

来年の目標は、「自分本位」にしようかなぁ
なんて。
冬の冷たい空気が、頬にふれて
あぁ、またこのわくわくする季節がやってきたなぁと
うれしくなっちゃう。
早く雪が見たい。
真っ白な雪の中にダイブしたい。
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栗といつまでも
気がつけばずいぶんと涼しくなりました。
来週のゴマっこ会に向けて、秋の歌を練習中だけど
なんで秋ってこんなに寂しい気持ちになる歌が多いのだろう?
息がつまる感じ。
でもそりゃ外を歩けば、木枯らしにみんなウキウキってよりは
誰でもセンチな気持ちになったり、キュンってなったりするんでしょう。
でも私は(隣を歩いている人がいても、いなくても)そんな季節が好き。
なんでだろう。
黄色いじゅうたんに目を奪われるからか。
冬が待ち遠しいからか。。。

今日は夏から発注していた甘栗が届いて超ご機嫌。(結局は食欲の秋?!)
食べすぎ注意報で、やめられないとまらない状態。
秋は私の好きな食べ物がたくさん誘惑している。
そっ、今年は「勉強の秋」だから
インドアでついつい手がでちゃう、、、、、(たまに調整)

先週の三連休は箱根に大学時代のサークルの同期達と行ってきました。
出会って10年以上だけど、こうやって毎年旅行に行けるって
ホント幸せなことだわ。
生活の基盤も、場所もそれぞれ変化していくわけだけれど
彼らとの空間は変わらない場所。
そんな穏やかな安らぎに触れた楽しい旅でした。
「手作り」人生ゲームありーの、箱根神社ありーの、
渋滞ありーので心に残るいい想い出でした。
人生ゲームでは8人中6人が途中で死んでしまうという波乱の結果だったけれど
私は思わず「ドリアン」な想い出がよぎりました。
5、6年前のスキー合宿、前の彼と始めてチームを組んだ人生ゲームで
ドリアンを引き当てた、幸運?!
あの頃の初々しい気持ちと「平和」な空気を思い出した。
あぁ、あの頃に思い描いた未来は全く違ったものだったなぁとも。
いや、むしろなにも描いていなかったなぁと。
戦闘服で闘っていた中で、初めて覚えたやすらぎ。
中国に渡る前だった。
今回の人生ゲームでは、「大麻を育てる政治家」にまでのぼりつめたものの
途中で無念の交通事故で死亡。
次は生きてゴールできますように。

実は先週に引き続き今週も三連休。
遅めの夏休みを1日分消化。
ホントはダーリンの帰りを待って旅行でもと思っていたけれど
相変わらずお休みなしのご様子で、可哀想。
「はい、お手上げです」っていう一言が言えない会社の判断。
会社とはそんな理不尽なことが多々おこる場所。
一体いつまで続くのか。
私は彼が頑張るなら応援するのみ。
もちろん体が心配だけれど。
そういえば苦手な遠距離恋愛の域にいつの間にか入っているみたい。
過去の嫌な記憶がよみがえる。
穏やかに、何も起こらないことを祈りつつ。。。

明日も栗を片手に頑張ります。
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