何気ないところに小さな幸せが・・・。そんな日常を「徒然なるままに」語ってます。   
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あまりに一瞬のこと
音楽から感化されることがある。
景色から感化されることがある。
いろんな要素が絡まりあって思うこともあり、
でも「あっこれだ!」って思う瞬間って、
意外と日常的なシーンから生まれるのかもしれない。

風邪をこじらせているけれど
だいぶ回復してきたので、1週間ぶりに2度目の5キロランニングにトライした。
意外なもんで、運動すると眠くて勉強がはかどらない・・・のかとおもったら
すきっと爽快!現在22:30だけど、深夜を回っても十分活動できそうな勢い。
もう少し簿記の勉強しちゃおうかなぁ、、なんてびっくりするようなことを現在考え中。
今日は夜更かしだろうけど、
これを機に、平日は朝型人間になるのもいいものだと思ってみたりしている。
毎朝ぎりぎりに起きて準備して、満員電車の中で押されながら一眠りなんて
かわいそうなサラリーマンをしているけれど、もしかしたら朝から運動すると
これも変わるのかなぁなんて。
まずは突然襲う咳の苦しさから解放されてからのことだけれど
すっきりした頭で、お勉強もドラマも本も
スカッとこなした今日一日なのでした。

走ったからすっきりしたのか
頭に余裕が生まれたところで、ふと思った自分の生き方。
今週のお弁当の具を大量生産しながら、ふと思った。
「もうそろそろいいんじゃないか」と
「我慢することないんじゃないか」と

「どうやって楽しくやりたいことに近づくか」
「お金」「時間」「経験」
あっ、今どれも休んでいない?
おのずと答えがみつかった。

そんなすっきりな週末でした。


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「虹が消えた日」
最近、すごく聴いている曲
秦基博「虹が消えた日」

音楽って、その時の自分の心をうつす鏡。
辛いとき、楽しいとき、失恋したとき、HAPPYなとき
聴いて、心を動かされて、
エネルギーになる曲。
私はそんなエネルギーになる曲が大好き。

恋愛ソングでもなく、人生応援ソングって
なんだかウサン臭いものが多いんだけど
この歌って、もちろんサビのせつないメロディーにまずドキューンと打ち抜かれ
メッセージを持っていながら、押し付けがましくなく
なんだか忘れていたものを思い出させてくれる。

なにせ歌詞では「虹は消えてる」し。。
さらに「君の描いていた世界はここになかった」とも言ってしまう。
もうこの世の終わり?!人生夢のない現実世界?

でも、
「僕らは行こう 夢見る頃は過ぎ」
それに「不確かにふるえてる現実がここにあるけれど」
「消えてしまった虹のその先へ」と語る。

またいつか架かる橋を信じて歩き始めるんですね。

私も数々の夢を描いて今に至る。
そう簡単ではなく、長い人生もちろん手に入れたものもそれなりにあるけれど
見失ったもの、チェンジしたもの、あきらめたもの、ダメだったものも多い。
今 再度夢だけを追いかけていくには、
いろんなしがらみが多くなってきている年齢でもある。
それでも「夢子」じゃなくなった今でも、その先に可能性が広がっているからという
とても前向きな歌なんですね。

秦くんは私よりもちょっと若いけれど
それでも20代後半の青年の素直な気持ちがとても表現されていて
久々に曲を聴いて涙しました。

それは、昔かなわなかった夢の回顧でも
辛い今への慰めの涙ではなく
なんだかんだ言って、前に進んでいくことをやめない私の人生への応援歌に聞こえたから
だから共感できたんだと思う。
ちょっと現在の私は、いろんなことで遠回りしている気もするけれど
「滲んでも 色褪せてしまっても そんな変わりゆく景色も受け止めて」
前に進めたらと。
どんなにパワーをもらったことか。


気になった方、チェックしてみてください。
明日より広島に帰省しまーす。今回は短い夏休みですが。


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優しい歌を
最近村上春樹ばかり読んでいたので
ちょっと抽象的な文章を書いてしまうだろう。
でも思いのままに書かせてもらう。

「人間は考える葦」であると言った先人がいて
考えることをやめてしまうと、人としての成長がとまってしまう気がするから
まじめに今生きていること、今前に進んでいることの価値を考えてみた。

時に思い通りにいかなかったり、信じていたもの・ことに裏切られたり
絶望したり、俗にいう「挫折」を味わうことがある。
きっとそれを「あの時は試練だった」と語れるのは後の話で
その時は一生懸命もがくしかない。
「周りの人の助けをかりながら」と言えるのもこれも後の話で
ある人は「自分はできる」という過信の上で、自ら崖の底からロッククライミング。
そこにたらされたロープ、あるいはこれが蜘蛛の糸かもしれない
それを目に見えた状態でつたっていける人なんてそういない。
ともかく立ちすくみそうになりながら、登っていき
たまに後退も休憩もしながら、進んでいくわけだ。

昨日、とある人からあるニュースを聞いた。
それは私の中で私自身の進行方向への嵐になったわけではない。
しかしそのニュースを聞いて、私の胸はとても痛んだ。
私は今はロープを投げることも出来なくて、決してそれをしてはいけなくて
ただただ時を待つしかできない立場なのだ。

最近、ダライ・ラマの自伝を読んでいる。
読んでいることで、チベット仏教に詳しくなったわけでも
密教に共感したわけでも全くないけれど
心の悟りを開くというのは、こういった時に見えない力を与えてあげることが出来る人のことを
言うのかと思ったりした。
そして、こういう時に祈るのかなぁと思った。
特に神様を信じているわけでもないし、ただただ純粋に
私を取り巻く人の幸せと健康と安らぎを、心から祈ろうと思った。

それでも人は進んでいく。
今自分がここにいる価値を見出しながら、人の為に生きるのではない。
自分の為に生きていく。
もちろん「ここにいる価値」という観点からは、周りの人に対してもなんらかのエナジーになると
笑顔が増えていくわけだ。
そのエナジーは、ロープでもあり、蜘蛛の糸かもしれないし
心の声かもしれないし、旱魃時の恵の雨かもしれない。
ともかく、祈る、祈る。


時にしらけムードの私達は
ホンに、胸の中の洞窟に住む魔物と対峙していけるのか?

そう櫻井さんの語る様に
私は昨晩、群衆の中に立って人通りの多い交差点、夜空を見上げ
大切なものに気付いて、狂おしくなりました


  優しい歌 忘れてた 誰かの為に
  小さな火をくべるよな
  愛する喜びに 満ちあふれた歌


今日久々に床を濡れ拭きした。
たまった汚れがくっついて、「こんなに汚かったんだ!」と発見。
心もリセットしないと、知らない間にとれない汚れがたまっちゃう。
それが私の準備したモップでとれなくても
まだまだきれいになるはずなのに。。。
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光の射す方へ
今日は有休をとって、遠方にある病院に行ってきた。
以前母がテレビで見て情報を得た「難聴を治す先生のいる病院」で
私の突発性難聴が手術で治るかもしれないからダメもとでも行きなさい!、、、と
すすめられていた件。
(確か以前日記に書いたと思います。)
前回行ったのは昨年の11月で、午後休をとってゆうゆう行ったら、
診察が終わったのはなんと23時。
鼓膜は正常だと分かり、次回聴力検査をすることになっていた。
とは言え、その後年末の忙しさ
さらにまたその先生がTVの再放送で紹介されちゃったから
HPには大変なこみあいと記載があった。
うかうかしていたら耳鼻科が混み合う花粉症の季節になってしまい
そろそろ5月、いい加減花粉症は下火になっただろうと、行ってみたのだった。

片道2時間はそうたやすくない。
とは言え、北は北海道から南は沖縄まで
日本全国から患者さんは集まっているのだから
片道2時間なんかで文句を言ってはいけない。
「再診の方はそんなにお待たせしないと思います」と電話で言われていたので
まぁ午前中のうちには終わるだろうと軽く考えていたら
今回も14時近くまでかかってしまう。
やはりすごい敏腕先生だ。

それにしても、耳が悪いという病気は
当然年寄りが多いわけで、ぱっと見70代や80代のお年寄りの方も。
50代、60代ならまだしも
余生があと10年そこそこの方々も治したいと思うんだなぁ・・・と失礼ながら不思議だった。
自身体も不自由なわけで、よろよろなのに
よく辛抱強く4,5時間も待っていられるなぁと。。。
ちょっと小耳にはさんだのが
今まで補聴器を何度も作り変えて、そりゃ多額な金額がかかっているそうだ。
先生の手術は決して高額ではないので、治ればそれはそれは有難い事だ。

年齢に関係なく、みんな小さな光にでもすがりたい気分なのだ。
耳が聞こえないというのは、とても不便。
人によっては耳鳴りがする人もいるし、バランス感覚がまず悪い。
私の場合は、左側に来た人の声が聞こえにくいことと
左で電話がとれないことくらい。
バランスが悪いとも思わないし、
夏場は汗ばむから、補聴器はいいや~なんて思うくらい。

いたって軽症なんだろう。
だから、鼓膜も無事なことだし治ると思っていた。
まわりの自分より年長の患者さんからも「あなたは若いから大丈夫よ」と言われてた。
しかし・・・

結果は、手術できず。
鼓膜は正常であるものの、左耳難聴の原因は
右側の神経とのこと。
神経に異常がある場合、この先生の手術は出来ないとか。
あまりに意外な先生の台詞に、私は頭の中が真っ白になった。
一度はあきらめていた完治の光
それが一気に見えなくなってしまったのだ。
そのせいか、どの検査が神経の検査だったのかを聞き忘れてしまった。
ぼーぜんとしたまま、母に結果報告。
この病気とは長く付き合っていくしかないようだ。
治らないものは仕方ない。
ただただ、ぼーっと遅めのお昼 マックのポテトをかじっていた。
ケチャップ、ポテト、口…の繰り返し。流れ作業のように。
ふと、突発性難聴をわずらった頃の恋人が
支えて欲しかった時に側に不在だったことを思い出す。
彼はマックのポテトの中でもしなっとした、しゃきっとしてないのが好きだった。
そうこんなダラーっとしたの。

入院をすすめられたが拒んだ、あの頃の選択。
クラブで息抜きをしたことは後悔していない。
スピーカーの近くで踊ったことも後悔していない。
ただただ、なぜ入院できなかったのだろう。
たかが2日会社をあけたところで、上司も理解してくれたし
仕事だってまわったはず。
あの頃のトラウマが、フラッシュバックする。
いっこうに治らない左耳の為に投与した薬、
「治らないんじゃないか」と不安になりながら歩いた調剤薬局までの道。
入院したら治っていたかも分からない。
なにせ、神経をやられていたようなので。


病院ではまたされることが分かっていたので
分厚い本を持っていっていた。
村上春樹の「アンダーグラウンド」
地下鉄サリン事件を扱った作品だ。
なぜ今この時期に読んでいるのかには、いちおの理由がある。
現在私は千代田線→日比谷線で通勤している。
地下鉄サリン事件の頃、私は高校生。
まだ広島にいて、人ごとのようにニュースを眺めていた。
こちらに来て、実際に被害にあった方にお会いしたわけではない
しかし、今まさに事件が起こった時間帯に、起こった路線で通勤をしていて
急に掘り返してみたくなった。
最近村上春樹著書を多く読んでいるということもあるが
手にした本。
実は本を買うまで、事件を題材にしたフィクションだと私は思っていた。
それが被害者の方の証言をほぼそのままの形で編集し
こういった事件ではマスコミの報道不信がつのる中で、なんども取材を重ね、校正し
被害者の方の言葉をそのまま伝えているものだと知ったのは読み始めてからだ。
先週末日曜日と本日でくいいるように読んでいた。

本を読んで泣くことはあまりない。
しかし今日は我慢できなかった。
電車の中と分かっていたが、とめられなかった。
それは今日は自分はセンシティブになっているという事実だけではないと思う。
本の内容は、事件の1年後~2年後だが
今は皆さんどうすごされているのだろう?
無差別殺戮の悲惨な被害に遭遇してしまった事実を
どう受け止めて人生を歩んでおられるのだろうか?

私はあの場、耳を傷めてしまった場所には
自ら進んで行き、自らの選択で通院治療を選択した。
サリン事件の被害者の方々とは違う点だ。
そしてこの耳の後遺症が、今の自分の身体へのいたわりを感じるさせる指標であり
それを背負っていきて行かなくてはならない。

私はこの本を読んでよかった。
事件を風化させてはいけないことも当然だが
今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ被害者の方もいらっしゃるわけだ。
取材を受け入れた方々のその勇気に感銘したし
何も知らなかった自分がとても恥ずかしく思えた。

五体満足で生まれたことに感謝し、それを傷つけ障害は残ってしまったものの
今、生きていることをもっと切実に幸せなことと思い
前に進まなくてはと思った。


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幕末の志士に浸る
なんてタイトルをつけてしまった。
嫌がらずに読んでください。

私は日本史の中では一番幕末が好き。
司馬遼太郎が特に好きで、多くの志士の話を読んだが
やはり一番は「竜馬がゆく」だろうか。
全8巻を二回読みました。

竜馬はともかく、最近新たな発見が。
今日は真面目にそんなことを日記します。

最近、司馬遼太郎著の「人間というもの」という本を読んだ。
内容はご本人の著作の中で、それぞれの人物が語るい~言葉を集めたもので
自分に酔ったか?司馬遼太郎。。。なんて感想ももっちゃいそうだけど
それでもその人物の人となりや
発言は感心させられるものが多く、
新たな発見もあった。


まずは吉田松陰。
ご存知、安政の大獄で処刑されてしまう志士達の先生的存在。
私は吉田松陰について書かれた著書をまだ読んでいない。
高杉晋作や伊藤博文やら、とにかく優秀な人材を輩出している松下村塾だけど、
彼らのえらい先生、、、くらいにしか思っていなかった。

実家が広島な為に、小学校の修学旅行でも萩を訪れた。
そして松下村塾跡も見てきた。
多分ガイドさんからたくさんの説明も聞いたはず、それでも
「ふ~ん」の世界だった。
「こころざし」も「しし」の言葉も小学生の私には?!な部分だったかも。

彼のひととなりは、こんな感じ。


  大いなる義とは、仲間との約束をまもるということであろう。
  たかが知れた約束ではないかとあるいはひとはいうであろう。
  しかし松蔭というこの純粋思考の徒にすれば、その程度の約束すらまもれず、
  その程度の義さえおこなえない人間に何ができるか、と、深刻に考えている。
  松蔭はつねにこうであった。松蔭はさらにいった。

  「自分はちかごろこう思っている。志操と思想をいよいよ研ぎ、いよいよするどくしたい。
   その志と思いをもって一世を跨らんとしている。それが成功するせぬは、
   もとより問うところではない。
   それによって世から謗られようとほめられようと、自分に関することではない。
   自分は志をもつ。志士の貴ぶところは何であろう、
   心をたかく清らかに聳えさせて自らを成すことではないか」
  
                       『世に棲む日日 一』より


う~ん、共感。
小さなことでも大切。
登場が少し早すぎた。
でも彼の登場によって、多くの志士の基礎がつくられた。
彼は亡くなるが、後の世代が彼の理想を現実化した。
まさに後世に残る名だった。

志の意義。
私は別に後世に名前を残したいわけではない。
その社会貢献度(って言葉は嫌いだけど)がすごいなぁと思った。
見習いたい。
私も早く貢献したい。
「心をたかく清らかに聳えさせて自らを成す」


調子にのってもう一文。
お気に入りの「竜馬がゆく」より
これを竜馬がいった言葉ととるのは微妙だけど
司馬遼太郎によって描かれた竜馬の
言動は彼の性格をよく現していると思う。
当時としては意表をついた行動だが
その彼の中には一筋があり、志であった。


  「竜馬は、議論しない。
   議論などは、よほど重大なときでないかぎり、してはならぬ、
   と自分にいいきかせている。
    
   もし議論に勝ったとせよ。
   
   相手の名誉をうばうだけのことである。
   通常、人間は議論に負けても自分の所論や生き方を変えぬ生きものだし、
   負けたあと、持つのは、負けた恨みだけである。」

                       『竜馬がゆく』より



昔、読んでいてはっととめた言葉ではないけれど
ちょうど竜馬が幕末に奔走していた年齢に近づき
私もこう思う。
もちろん「重大なとき」は議論するけれど。


もっと学ぶヒントが隠されていそう。
来年は「世に棲む日日」読もうかなぁ。
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