何気ないところに小さな幸せが・・・。そんな日常を「徒然なるままに」語ってます。   
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「その日のまえに」
~前書~
早く旅の記録をアップせねばと思っているのだが
父の件でなかなか時間がとれず、今日ようやくスーツケースの片づけを終えたところ。
で、旅行の記録を残す前に書いておきたい衝動にかられ
大陸の安ホテルの裏紙に記録した文章があるので、そちらから先に。
明日病院で時間がある間に旅行記は整理しようかな。写真もUPしたいし。

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私はこの本を中国の外国人なんて今まで一人たりとも見たことがないような
小さな都市の安いホテルの中で読み終えた。
死が近くなっている父のことを話した際に、ある友人から勧められた一冊だった。

重松清 著「その日のまえに」

術後に医師から言われた余命を半分過ぎて、とりきれないガンではあるけれど
共存していこうと心に決めた矢先、また父は入院した。

再び告げられる医師からの残された時間の話。
術後の宣告ほどの衝撃はなかった。
ただただ「これからどうしよう」とか「あのことどうなっているんだろう…」など
事務的なことだけが沢山頭をよぎった。

それを薄情なことだと思っていた。
でも今まで感じてきた父への不満や多少の憎しみを考えると
仕方のない感情なのだとも思っていた。
これが一緒に暮らしてきた父なら全く違う感情を抱くかもしれない。
しかし本の中で語られる「その日」を迎える家族や本人も
決して泣き崩れるだけではなく、それぞれが死に向き合う姿勢をとっていた。
逝く人と残される人。
伝えること伝えられること、、、それが自分の予想外のことだとしても
残された者は生きていかなくてはならない。

本人はまた家に帰れると思っている。
休日まる一日つき合った病院にて一生懸命体を動かそうとする弱った父がいる。
私が見舞いに行く日は割かし調子が良い日が多い。
だから本人を見ていると本当に信じられない気がするし、
そんな父を見ていると何だかよく分からないけど涙がとまらなかった。

この本には私が感じた同じようなことが沢山書いてあった。
なんでウチが?!、、、と元気で幸せそうな人をねたましく思ったり
押しつぶされそうになるのは普通の感情なのだ。

この本を読んで気持ちをだいぶ整理できた。
ゆっくり本と向かい合える時間ができて本当に良かった。
人には人の数だけ別れと出会いがあり、その感情は決して本人以外の人が分かることはないだろう。
友達の存在は大きいけれど、多分なかなか死に向き合うことへのイメージがわかないと思う。
近い家族をなくした経験のある方は多少はイメージできるかもしれないけれど
それでもその立場や感情は人それぞれ。
だから、ただただ会えた時にギュッと抱きしめてくれれば私はそれで十分。
頭をなでてくれればそれで十分。

当の本人は家族を残して旅立つことに対して、本当に無念なことだと思っているだろう。
“無念”ということばがここまであてはまることはめずらしい。
その想いを私たちは受け止めなくてはいけない。
私はたいした親孝行ができていないし、こいつは大丈夫だとは思われているだろうけれど
ただただ親に対して誇りに思っていることは、父が付けた名前の通りに育ったこと。
沢山の愛情を受けて、沢山の愛情を周りに与えられる人に育ったこと。
身体が丈夫なこと。
沢山壁に当たっても、ちゃんと前を向いて歩けるところ。
しっかりと自分の力で立ち、一歩を踏み出すパワーは両親からさずかった宝。
でも、願いを叶えてあげられなくて本当にごめんなさい。
奇跡は信じたいけれど、最後まで希望は失いたくないけれど、私は向き合った。
今は父の自慢話のひとつとして加えられ、
「あの時は大変だったんじゃ~」で済むんなら幸せだけど。。。

人生においてこれからもこんな別れをいくつも迎えるのだろう。
私は「その日」の為に心の準備ができたことに感謝しなくてはいけない。


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フェイスブック 若き天才の野望
ようやく本日、映画「ソーシャル・ネットワーク」を見た後
勢いで買ってしまった本「フェイスブック 若き天才の野望」を読み終わった。
ここ3連休は病院だったので、特に今日なんかはずーーーーっと病院にいて
えらく読書がはかどってしまった。
継母が風邪でダウンしてしまったので、今日明日は私が終日担当。
(余談だけど、ウチの継母は私が昨年父の術後3週目にスキーに行ってしまったことに
 腹をたてていたらしい。→もちろんだいぶ体調が回復していたからいったわけで。。
 1年間もしかとされ続けていた私は、父の入院よりもこっちの方がショックだった。。。)
で、ようやくFacebookの登録をすませました。

この本は、映画よりもかなり詳しくFacebookのいきさつを書いているけれど
読んでいて知ったのは、映画には結構フィクションもあるという点。
あまりに主人公がマークに似ていたので(見た目)
私の中では映画の印象がとても強くて
(しかも早口なところとかも。。)
ナード(オタク)度いっぱいに描かれていたけれど
やっぱり天才なんだなぁ~と思わざるを得ない。

本の中で紹介されていた言葉で、とても納得した言葉が


「仕事用とPB用のアイデンティティを分けるべきでない」


私もそう思う!
以前、ビジネスっぽい文章をGREEに
普段のざっくばらんな話をmixiにと思って分けていたけど
結局GREEの方は全然UPしていない。
私という人間をとりつくろうことも、背伸びすることもできない。
私は私だし、ブルーな時はブルーな文章を書くし
LOVEラブHappyな時はとことんそんな文章を書く。
どうしてもセキュリティやPB上かけない話で
なんだか吐き出したいことがある時は、中文で書いている。(普通の内容もあります)
だからありのままの自分を表現するツールをまた持ちました。

ここんところ、結構いろんなことがあって
ため息つきたくなることがたくさん転がっているけれど
それでも前向きにすすまなきゃと思って、Facebook登録しました。
やってる方は宜しくお願いします♪
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春の熊
私は何気にハルキストです。
「ノルウェイの森」が公開されるにあたって
1992年に買った文庫本を読み返している。

初めて読んだのはたしか中学生の頃。
夢に燃え、現実の世界をしっかりと踏みしめて歩く典型的な女子中学生だったから
村上春樹の世界がよく分からなかった。
そんな感覚を変えたのは、社会人になってからだった。
「羊をめぐる冒険」やいろんな作品で現実逃避にひたり
その独特の雰囲気にのみこまれていった。
さらに村上春樹のすごさを感じたのが「アンダーグラウンド」
編集という作業に徹して、地下鉄サリン事件の被害者の心境をまとめあげた。

今、20代の頃に読み返した「ノルウェイの森」よりも
さらに深く読むことができる。
10代の、20代のそれぞれの感じ方があるように
30代の私にも違った見方があり、違った切なさがある。

そんな中で、今日読んでいたフレーズで
とても好きな表現があった。
それは前々回、前回は気にとめなかった表現。

ワタナベが緑に「春の熊くらい好き」と言う

 春の野原を君が歩いているとね、向こうからビロードみたいな毛なみの目のくりっとした
 可愛い子熊がやってきて、君にこう言うんだよ
 「今日は、お嬢さん、僕と一緒に転がりっこしませんか」って。
 そして君と小熊は抱きあってクローバーの茂った丘の斜面をころころ転がって
 一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?

 そのくらい君が好きだ。
 
 ※「ノルウェイの森」より一部抜粋


まさにそんな気持ち!
私もそんな好きでダーリンを愛しているかも。
なんだか穏やかで、春の日差しのように暖かくポカポカな気持ち。

誰もが願う永遠を
なぜ神様は、たまの気分転換で邪魔してしまうのか。
それを運命と呼ぶならば、あまりに酷だと思う。
だから神様、皆を幸せにしてください!

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「横道世之介」
起きたら雪でした。
全国的に雪かと思いきや、どうやらここ広島と愛知?
そして北国だけのようで。
けっこう年末年始に雪が降ることが多い広島。
見慣れた風景を今年は違う窓から見ている。
大粒の雪がわんさか降っている。
見ているとうれしくて、わくわくしてきて
ホント外に出て、雪だるまを作りたいくらい。(いや、やらないけれど)
雪は私にこのわくわく感と、ピュアな気持ちを与えてくれる。
スキー場での吹雪はつらいけれど、でも都会で見かける雪が好き。

今日は雪が降っていると気づくほど冷え込んでいたわけではない。
でもそれは、実家に帰ってきて二人で家の中にいるので
一人で生活している柏での生活よりも
暖かく感じているだけかもしれない。

28日の仕事納めからすぐに実家に帰ってきて
早4日目。
そろそろ実家に飽きてくる頃だけれど
私の気持ちはそこそこ同様だが
さすがに今回は、ちょっとばかし気を遣われている気がする。
なんで自分だけうまくいかないのだろうと、前厄を呪った時期もあったけれど
まぁそれはそれ。
今年一年の成就した出来事を思い返してみれば
それ相応の充実した一年だったと言える。
いや、仮に不運が多かったにしても、それでいいじゃないか。
いろんなことを再確認できた一年だった。
まだまだ心がリハビリ中なんだと実感をしてしまう出来事が多いけれど
一切忘れて、自暴自棄になっても、
たまに引きこもっても
逆に超はじけて発散しても、今の自分に正直に生きていけばいい。
それを支えてくれる友達と家族がいる。

ある人から言われた


「すいちゃんは、やりたいことがはっきりしていて、うらやましいよ」


そう、私にはこちらがある。
今年もドラマを見まくって、頑張ろう。
一難さればまた一難。
夢が叶えば、また次の夢。
恋愛も、つかみたいものが明確ならきっと叶う。
だから次もたくさん愛されたいから、早く素敵な恋が出来るように
穏やかな気持ちで過ごせるようになろう。

帰ってきて早々、母に渡された単行本がある
これはテレビで(たぶん王様のブランチ)で紹介された本でおもしろかったから
読んで帰りなさい。と。
普段文庫をトレードし合っているけれど、単行本は持ち歩くのが重いので
普段は買わない。
母は最近暇なので、文庫以外にも単行本を買うらしい。
これをずーっと深夜に夜更かし読書中。

タイトル「横道世之介」
なんじゃ、このタイトルは?と思ったけれど
親がなんて度胸があったのか、井原西鶴の「好色一代男」の主人公と同じ名前。
そんな世之介は、決して現代の「好色一代男」ではないけれど
さらにどこにでもいそーで、記憶に常に残る存在ではないけれど
たまーに周りの人の人生の追憶に登場する。

理想の生き方を追い求めた人。

それが「好色一代男」の主人公らしい。
私もそうなりたい。
好色になりたいわけではないけれど、
実際はどこにでもいそーな存在としても
自分自身は、私の理想があるうちは
それに向かって無我夢中に生きてみたい。
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ダライ・ラマ自伝
ダライ・ラマの自伝を読んだ。

中国にも行っていたのに、チベットと中国との歴史に関しては
恥ずかしながら、あまり知識がなかった。
チベットのことを知らないまま、中国に留学し
鉄道が開通して、「チベットは手軽になってきた旅行地だなぁ」なんて
お気楽な印象を持っていた。
いつかポタラ宮にも行ってみたいとも。
そんな軽ーい気持ちでしか。
もちろん「自治区」というビミョーな名に「?」な気持ちもあったのだが
あくまで中国側の発する情報を得ていた程度。

それが、オリンピックを前にした頃に、盛り上がっていた人権問題を目にし
初めて疑問に思うようになっていた。
当初、実は、抑圧は一時的なことなんじゃない?なんて勝手に考えていた。
一体、ダライ・ラマって何者?
ノーベル平和賞?でもいろいろ解決してないじゃん。と
どうも宗教に対する偏見もあったのかもしれないけれど、
なかなか知ろうと出来なかった、未知のままですごしてしまってきた問題であった。

縁あって、本を手にすることができ
なんだか吸いつけられるように読んでみた。
一中国語をビジネスとする者、草の根交流を目指す者として
やはり知っておくべき人物なのではないかと。。。
自伝なんて、えらそーなことを書いている、えらそーな人の本というイメージが強かった。
それに翻訳者の人がブーだと、なんだかまわりくどくて、
うまくかみしめない文章が多い。
しかし、この本は違った。

ダライ・ラマはご存知の通り、チベット仏教の象徴的立場で
前世ダライ・ラマの生まれ変わりとお告げをうけ、今の道に入ったわけだけれど
そういうことは、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」を見てもちろん知っていた。
あの映画はじっくり見たはずなのに、なぜかチベット仏教の印象しか残っていない。
ダライ・ラマ自身は、自身の生い立ちから坦々と今を語っているわけだが
その大半が、中国軍が進入してきたからの歴史だ。
それもそのはず、彼がまだ10代の頃に中国は「遅れた地域の開放」の名の下
進軍してきたわけだから。
しかし古の頃から現代まで、チベットが中国の傘下に入っていた歴史はないし
どう見ても、進軍とは「侵攻」のことだろう。
彼自身も書いていたが、もちろん中国軍が「開放」したことで、発展した部分もあったかもしれない。
しかし、その為に多くのチベット人の人権が踏みにじられてきたし
自由が奪われてきた。

ダライ・ラマは当然カリスマ性があるが
彼は独立を主張し、断固団結し戦おう!とチベット国民に呼びかけたわけではない。
話し合いによる解決と、チベット人の平和な生活を望んだ。
彼がすごいなぁと私が思ったところは、彼がうさんくさくないところだ。
(ちょっと失礼な言葉かもしれないけれど、すみません)
決して中国批判をし続けてきたわけではない。
優秀な一部の中国政府幹部に関しては、尊敬の念をやまず(周恩来など)
チベットの問題となると、どうしても分かり合えないのだが
しかし、どーしようもない腐敗した幹部に関しては厳しく批判した。
「汝の敵を愛せよ」と語り、罪を全てゆるしあうキリスト教の理念よりも
人間臭い気もしたし、それは人間の本能だと思った。
彼は自身の地位の保障など一切中国に求めていない。
チベットの人々から愛されている訳がよく分かった。

「亡命」という選択にかんしても
当初は疑問だった。
なぜに「闘わなかったのか」そう思っていた。
「亡命」とは、「逃げること」と私はとらえていた。
しかし、答えは私の解釈違いだった。
難を逃れたことは事実にしても、
中国の監視下にあるチベット国内においては、自由な発言はできない。
世界の人々にチベットの現状をメッセージとして送るには
国外からしか発することができない事情があるのだ。

いろんな謎が解けていった。
中国に対して、不信感がつのったことは事実だ。
しかし、お互いの立場の違いから主張したところで
物事は解決しないわけだ。
とは言え、共存していく為には
人としての最低限のルールと、相手を尊重することを意識しないと
それは人以下になってしまう。
オリの中で叫ぶだけでは、一時的な打撃を与えるだけで
何十万という軍隊に押しつぶされてしまうだけ。
それにより、世論にて批判は高まるだろうが
何万もの人々の命が奪われる悲しい結果になるだろう。
ここで話す必要もないかもしれないけれど、不信感がつのったのは
政府の腐敗した役人に対してと
人権を重んじない一部の人々に対してであって
中国に暮らす人々そして海外にいる中国人に方に対しての
私の友好的な感情が変わったわけではない。

思いやりの心が欠落している現代。
人と人の関係だけはない。
国と国同士も(もしくは民族と国同士も)分かり合っていくためには
もっと一つ一つの問題を目にし、事実を考察し
共存の道を「思いやり」を持って考えていくべきではないか。
ダライ・ラマ14世の今後のご活躍と、長寿を心よりお祈りしています。
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