何気ないところに小さな幸せが・・・。そんな日常を「徒然なるままに」語ってます。   
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再スタートしてみよう♪
随分と長い間書いていなかったけれど
大分身辺が落ち着いてきたので再開してみました。
父が他界し、結婚を意識する人と出会い、半年でプロポーズから結婚へ
慌しく2012年が過ぎていきました。
あと、結婚を機にではあるけれど、会社を辞めて映像翻訳の道に本格的に進みました。
今は自宅でぼちぼち仕事しているけれど、週に1度は総括しながらここで振り返っていければ
なんて思っています。

先日1月27日によーやく挙式を終えて、なんだか受験戦争が終わり志望校に受かった気分で
一気に気が抜けてしまったような。。
準備でバタバタしたのは3か月くらい前からだったけれど、
それでもあれやこれやとダーリンと喧嘩もしつつ、、いま振り返ればとっても楽しく!いい思い出になりました。

もともと披露宴なんて、照れくさくてイヤだなぁと思ってました。
なんだか高砂にいる2人がさらしものみたいだし、でも
いろいろと考えていくうちに、やっぱりやりたいなぁという思いが強くなっていきました。
年を重ねて今までたくさんの結婚式に出席させていただいて
「自分ならこうするなぁ」とか「これ?自己満足じゃん?(まぁいいか)」などと
好き勝手に思っていたので、それをいかしつつ、、感謝の気持ちを伝えたい一心で準備しようかなぁと

教会にはこだわりがありました。
とにかくステンドグラスが美しいところで挙式したかった。
歴史あるステンドグラスに日差しが差し込んで、室内を照らす。
花嫁は長ーいベールをまとい、、、のようなイメージ

結婚式は両親も巻き込む家族のイベントだと言うけれど
私は随分と自分のワガママを叶えさせていただいた気がする。
そんな意味で面倒なことを言ってこなかった親、親戚に感謝。
そして何よりもダーリンにも感謝。
半年前から一緒に暮らしているので、もう名字も変わって半年だし
式が終わって何が変わった?というわけでもないけれど、
やっとスタートラインに立ったんだなぁと実感しています。
さて、これから少しずつ挙式準備の秘話でも書いていきます。


セントグレース大聖堂
2軒しか見ていない教会で、即決めした美しい大聖堂。
式当日はあまり余裕がなくて聞けなかったけれど
聖歌隊の歌もステキでした。
予算の関係で冬の挙式になってしまったけれど、
結果的には雲一つないすっきりと冬晴れの中、清々しい気持ちで挙式ができました。
でも冬場は安い反面、雪やノロウィルス、インフルなどのリスクも大きい。
それは痛いところだなぁとも思いました。
披露宴会場は隣接したグラマシースイート。
アットホームなもてなしがしたかったので
邸宅に招いたような感じの会場でなかなかそれもステキだったかしら。


アクア・グラツィエ
まずドレス選びから開始した結婚式準備。
GW明けにゼクシィ買って、ドレスの写真を楽しみながら見ていたものの、、、
うーん、、ドレスは着てみないとわからないし、自分が着たいものが似合うかも不明。
身長は高くないし、似合うドレスが限られるでは?!とも不安になる。
アクア・グラツィエでの初回打ち合わせ
かわいらしいドレスがたーーーくさん飾ってあって、どれもステキに見える。。
でもそんな中から選んでてもスムーズには決まらなかったでしょう。
打ち合わせで「どんなものが着たいか」を聞かれたので

・清楚
・ふわふわ、ひらひらした可愛らしいのはイヤだ(もう若くないし)
・ベールはロングレーンにしたい
・予算

この4点だった。
すると、担当のお姉さんが持って来てくださったウェディングドレス3着はどれもステキ!
とくに一番初めに着たものは運命の1着w即決まりました。
胸をなでおろしたのはダーリン。
まわりから「ドレス選び、時間かかるぞ~」と脅されていたんでしょうね。

お色直しはしないけれど、二次会のドレスも必要でした。
ウェディングドレスを延長して3万もしくは変えるか。。。
ウェディングドレスと一緒にここでドレスを変えれば定価の70%オフになると言われ
10万円台のドレスにできれば、ここで借りようと思いました。

実は私はカラードレスに関しては着たいものがありました。
笑われそうだけど、、、

・「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラが着ていたみたいな、肩がばーーーーんと開いた
花柄のドレス


昔私が高校生の頃に出版されていた文庫の表紙のイメージw
事前に準備いただいたカラードレスは、原色系がまったく似合わず
ライラックとピンクの間くらいのやさしい色のシンプルなドレスはまあまあ似合っていたので
これにするかぁ、、、と思っていたけれど、ピンとはこない。
それで恥ずかしさは置いておいて、一生に1度だし、上記の希望を伝えてみました。

すると!!花柄の色は緑から赤に変わったけれど
最高にステキなドレスに出会えました☆
ことのほかゲストからも好評でした☆
しかもちょっと変わったデザインだったため、定価もお安く予算内。

とにかくスタッフさんがプロだなぁと思いました。
私の希望を叶えてくれてありがとうございます!!

ステンドグラスきれい☆
1-1-2 (478x640)

長ーいベール♪
5 (427x640)

晴天!
1-7-2 (481x640)

お気に入りのドレスはこんな感じ☆
6 (478x640)

二次会で着たドレス、、分かるかなぁ
5 (640x480)
4 (640x427)
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久々に文章書いています
5月からもう4か月たってるんだ!
この間にいろんなことがあったんだなぁと
すごく濃い日常を過ごしていたことを思い出します。

ようやく秋を前に、自分のことを相対的に見れるようになったかも。
正直時間がかりました。
6月10日の父の死、死後のバタバタ、裏切り、沢山?の失恋(←これはおまけみたいなもんか。。)
とまぁ、我ながらこの数か月間はよく頑張ったと思っています。
なかなか会えないお友達や、この日記を通して私の近況を確認してくださっていた方々に
大変ご無沙汰してしましました。
この場をかりて、、、本当にすみません。
疎遠になっている方々にも、すみません、ホント気持ちに余裕がなかったもので。
何はともあれ、すいは元気に頑張っています。
これからはもう少し近況をアップできるかと思います。

前回の日記は、GWの中国旅行の報告でした。
あそこで書いている通り、しっかりと父の看病のための覚悟を決め
おもいっきりはじけてきました。
その後、5月は毎週末父の病院に通っていました。
緩和病棟にいながらも、ただ死を待つだけは本人はイヤがっていましたので
いろいろな方法を模索していました。
その中でも一番大きかったのが免疫治療。
順調に行けば、2月頃には受けていたのだけど、いろいろあって
腸閉塞を起こしちゃって、入院。
「退院したら、、、」という本人の希望とは裏腹に病状は悪化。
結局はいったん退院したものの、また戻ってしまい
5月以降は日に日に弱る一方でした。

私は入院後、毎日父の側にいたわけではないし
週末と平日仕事後の短い時間しか父のところには行っていないけれど
今思えば亡くなるまでの1か月間は、今までの33年間の中で一番
父と過ごす時間が長い日々だったかもしれません。
こんなこともなければ、経験することもなかっただろうけれど
父の入院前に母がこっちにきて
我が家にて私の作ったお好み焼きを囲んで家族だんらんを初めて経験しました。
私はそれが本当にうれしくて、うれしくて、、、
だからそれだけで十分だと思いました。

父の最期、6月10日は「今週がヤマだ」と言われている中で迎えた金曜日。
午前中仕事をおわらせ、私は午後から病院に。
病院の1階ではピアノとバイオリンの生演奏をしていて
「アメージンググレース」が演奏されていました。
私はそれを聞きながら、涙が止まらなくてなんとなく父とのお別れが今日になる気がしました。
でもそこで沢山泣いたので
父の最期はしっかりと「ありがとう」「よく頑張った」と伝えられました。
以前、母から「なくなる間際まで声は聞こえているもんだから、しっかり話しかけてあげなさい」
と言われていた。おそらく継父が亡くなった時の経験だろう。
私は1時間ずーーーーっと叫びっぱなし。
沢山伝わったと思う。安心してくれたと思う。
毎日献身的に看病していた継母に比べて、私は小さなものだけれど
継父の時の後悔があったので、前からこの日記にも書いている通り
悔いがないようにしたかった。
私は等身大のまま、ちゃんと送り出せたと思います。

そして父の死後はいろんなことがあった。
でもそれをここに整理して書けるほどまだ心は穏やかではない。
私は性善説の元生きていて、人のイヤな部分を探しながら生きていくよりも
その人のいいところを見ながら人づきあいをしている方。
でも私と性格が間反対で、私が父の件で最も信頼していた人と
喧嘩別れしてしまいました。
これを国民性の違いという言葉だけで片づけたくない。
一番ショックだったのが、中国には2年近く滞在し
現地にも沢山のお友達がいる。そんな中いい部分いやな部分いろいろとみてきたけれど
私は一般的な日本人よりも中国人の方のことがよく分かっていると自負していた。
それなのによく分からなくなった。
中国のお友達に話すと、「それは国民性ではなくて彼女個人の問題だよ」と言ってくれたけど
何はともあれ信頼していた人がこんな形で裏切るとは思っていなかった。
裏があるかもしれない。
外野はいろいろ騒いでいたが、私はどうでもいい。
むしろ関わりたくない。彼女には会いたくない。
継母のとった態度の件で、父が少し遠い存在の人になってしまった。
父があの子を選んだことに今は疑問。
彼女自身の人格を皆に誤解をされたまま、その誤解を解くべきがどんどん雪だるま式に不信が広がっていった。
、、、下手だなぁと思った。
結局は彼女は父以外の誰も愛していないことがよく分かったし
覚悟していた父の死よりも、それがいちばん胸を痛めつけたし
腹が立ったし、世の中のいろんなことが一時どうでもよくなったりもした。

親戚からは父の病状が分かった時点で(手術が終わった後にすぐ)話して欲しかったと
言われましたが、なんだかんだ言ってそれは不可能でした。
私自身、誰を信じていいか分からず
まずは父を信じるしかありませんでした。
父の兄弟達親戚とは全く私は交流ないし。
結果的に私が一番信頼していた継母と父の親友(と父が言っていた方)に裏切られるという
最悪な結果が待っていましたが、、、まぁそれと引き換えに
親戚たちと仲良くさせてもらったので
やっぱりこういう時は血縁なんだなぁと勉強になりました。
(もちろん血縁がトラブルのもとになることもあると思うが)

、、、、人はいつか亡くなる。
別れと永遠の別れは違うのだなぁ、、でもなんでだか四十九日を過ぎても
父がそばにいる気がしてならない。
普段からそんなに会っていないからなのかもしれない。
だから結局ここ4か月実感がないまま、過ごしてきた。
お墓で手を合わせていてもそれは同じだった。
ともかく今を一生懸命に生きるのみ、、、今はそう思いながら頑張っています。

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影響力大きいね。
ここ最近、FacebookやTwitterばかりやっていて
すっかり日記がご無沙汰になっていた。
でもホントこの2アイテムを「ソーシャル・ネットワーク」&震災を機に初めて
生活が変わった気がする。
今まで何となくつぶやきたい一言を彼氏につぶやくことが多かったけれど
それをいろんな方たちが拾ってくれて、人と人がつながっていることを
あらためて実感した。

今日の選挙に関しても、Twitterに投稿されていた
私がフォローしている作家さんがアップしたHPのアンケート結果を見て決めた。
流されたわけではない、いろんな素材を参考にできるこの社会に
感謝をしなくてはいけない。

ミーハーな話で言えば、ケビン・スペイシーのフォローをしているが
彼が結構つぶやく。
ささいな話だけど、なんだか友達になった気分でワクワクする。
(いちおミーハーなだけでなくて、英語の勉強になります。
中国大陸でも使用されるようになればいいのに。。。。)

この1か月感情が荒れ気味だったけれど
父が退院したのでまずは一安心。
昨日行った時には、奥さんと父の笑顔が見れた。
夫婦の溝を私がさらにでかくしてしまったか?!事件を経て
若干の責任を感じてはいたけれど、こちらに関しても一安心。
家庭問題や自身の恋愛?!問題にと、心労がたまるいっぽうだったけれど
これで自分のことだけに集中できると思うと
早くHappyな恋がしたーいと思う今日この頃。
そっ、やっぱ以前書いた「春の熊さん」の話。
クローバーいっぱいの丘をふわふわの熊さんと抱き合ってゴロゴロするような幸せな恋
(伝わったでしょうか?)
空回りした先月の想い出に再見、冷静に冷静に。

ひとまずそんな肩の荷が下りたところで
GWはなんとか中国へ旅立てそう。
北京にいったん入って、元ホストパパの故郷に行くことになるかな。
どうやらヤケ酒になりそうな予感で(私もかもしれないけれど)
白酒たくさん浴びて、帰国後はしっかり婚活に励むぞー♪
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春の心地
今日は朝寝坊。。
東京マラソンに出場した友人を応援するために
隅田川を渡ったあたりまで行く予定だったけど、、、
二日酔いの為、起きたらすでに11時すぎ。
GPSで通過時間が分かるなんて話も聞いていたので検索してみたら
なんと4時間きる時間でゴールしてる!!
びっくり、、「途中棄権」と予測した人たちが一番多かったのに。。
私は何時間何分でトトカルチョしてたっけ。。
でもホントすごい。
すいのヘパリーゼも少しは役にたったかしら?

今日は親友にお誕生日にもらったお香をたきながら
久々に中国語の日記を書いていた。
大好きな音楽と一緒に。
終わった恋にしっかり向き合いながら
日本語ではなんだか書きにくいネタは中国語で。。
2月22日が彼の誕生日だったから、おめでとうメールを送って気持ちに終止符。
前を向いて歩いてこそすいなので、
またいい恋しなくては♪

昨日は自分へのご褒美?ではないけれど
雑誌で見かけて気になっていたネックレスを衝動買い。
春になるとなんだか財布の口が緩くなってしまうのは私だけ?
このネックレスは次のとっておき?の日にして出かけるんだぁ(なんて)
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なんとスキー日和な♪
よーやく、今シーズン初滑りに行ってきました。
1月に行く機会がなかったのが残念だったけれど
「この私」がこの時期まで一度も雪山に行っていないなんて。。なんて散々な!
本当は1ヶ月前からこの週末に泊まりで行く計画を立てていたけれど、友達が急遽行けなくなった。
それでも「この日はスキー」と決めてしまうと
なんだか別のことをやるのがイヤで。。なんだかんだ言って、別の友達を見つけて行ってきました。

よき相談相手&恋愛アドバイザーである親友とスキーに行くのは初。
新入社員時代からの付き合いで、スキーやらボードを長くやってきたという話を聞いてはいたものの
なぜだか分からないけれど、ご一緒する機会がなかった。
「雪山自体が3年ぶりだ」という彼女を引っ張り出し、
しかも車まで出してもらって(レンタカーを借りてもらって)
雪山へと急ぎました。

金曜日飲み会だったから、家に帰れる時間が読めなかったため
早朝大雨の中大きな荷物を抱えて出社し、眠い目をこすって仕事し、飲んでほろ酔いで会社へ戻り
置いておいた荷物を抱えて六本木で落ち合う。
彼女お気に入りのHOUSEや踊りたくなっちゃう曲で楽しみながら
あっという間に新潟に着いてしまった。

関越トンネルを抜けたあたりから、そこは雪国でした。。になるはずが
手前から結構な雪がビュービューと降っていた。
一瞬翌日の天気に不安がよぎる。

でも次の日は快晴!
前日に降った雪でフカフカ、ポカポカの超ベストコンディションでした。
私たちの日ごろの行いがよいからでしょう。(絶対)
朝9時からおもいっきり滑って滑って滑りまくり、大満足。
親友のスキーのスピードも速くて私好みだったし、気を遣うこともなく(むしろこちらがお世話になり)
大満喫の1日だった。

雪山だけではない
温泉も、道中の恋愛トークも、これからの話も
何もかもがとーってもとーってもいい想い出に。
私がめげそうになったこの2月の上旬をしっかりと支えてくれた親友だから
ホントにホントに感謝してる。
だから、真っ白な雪と同様ピュアな気持ちに戻って
また一から出直そうと決心がついた。
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