何気ないところに小さな幸せが・・・。そんな日常を「徒然なるままに」語ってます。   
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「南十字星」
「もうすぐ秋ですよ」っていう、この心地よい夜の空気が好き。
肌寒さを感じ始め、「もう夏が終わったんだなぁ」という寂しい気持ちと
何をするにも気持ちがいい季節、「秋がやってきたんだ」という気持ちが共存する今日この頃。
待ちにまった冬ももうすぐそこに。
今年はまたまた暖冬の予報だけど、雪は沢山降ってくれるか?
それまでにダーリンは少しは暇になってるかしら。

芸術の秋にふさわしく
昨日は劇団四季の舞台を見てきました。
友達がもらったというチケットで、「南十字星」でした。
舞台は「BLUE MAN」以来。
ミュージカルは、高校生の時に「芸術鑑賞」の授業で見たもの以来なので
一体、十何年ぶりだろう。
ミュージカルって、チケットが高額なことから、あまり手軽にいけなくて
いつか見てみたいと思っていた願いが、思わぬ形で叶ってしまった。
特にそれが初めて鑑賞する劇団四季で叶うとは、本当に持つべきものは友達だと感謝感謝!

「南十字星」は、浅利さんがつくった戦争三部作の最終作品のようです。

http://www.shiki.gr.jp/applause/minami/index.html

戦争中に日本で出会ったインドネシア留学生と京大生。
その後の二人の運命は戦争に巻き込まれ翻弄されていく。
私は30代になり、大学時代を懐かしむにあたって
当時の「学徒動員制度」の言葉の重みに胸が張り裂けそうになる。
20代前半で、戦争責任の大きな十字架を背負うことになる主人公 保科勲の心境を思うと
胸が熱くなった。

どうやら、この物語にはモデルになっている人物がいるようだ。
連隊を率いていた人道的な中将も、モデルの方がいた。
ミュージカルでは絞首台に消えてしまったが、モデルの方は地元の方の働きもあり
死刑を逃れ、なんとか戦犯の刑期を終え
ひっそりと余生を過されたとか。
部下思いのとてもすばらしい方でした。
主人公の勲も、モデルとなった方が。
無実の罪でなくなっていった学徒動員生で、
遺書となった文書が、「きけわだつみの声」に収録されているとか。
このお二人の手記は是非読んでみたいと思いました。

オランダ領であったインドネシアを開放したカタチとなった日本軍は、
熱烈に受け入れられるけれたど、徐々に時代に翻弄されていく。
さらに捕虜となったオランダ人達は不満を持っていく。
シーンでは、勲は決して不平等な対応をしていないけれど
「今に見てろ、日本人」「この責任の重さを」と強い口調でオランダ人が叫ぶ(歌う)。
この何度となく繰り返される歌は、
浅利慶太からのメッセージとして、胸に響いた。
「日本人を許さない」と叫ぶ彼らの復讐心が、新しい憎しみの気持ちを生み
(日本人に限らず)世界各地で戦争を生む原因のような気がした。
さらに風化していく戦争の問題に対して、
私達知識のない若者に対してのメッセージのようにも思えた。
今回発見だったのが、A級戦犯のことは多少なりとも知っていたけれど
BC級戦犯がどのように裁かれたのかということに対しての私の知識があまりに少ないということ。
もちろん彼らの中にはホントに悪いことをして、責任を追及されてたものもいると思う。
それでも勲のように、簡単な証言だけで絞首台に消えていった方も多かったのだと思う。
法によって裁かれなかった、悲惨な裁判が多かったのは事実のようだ。
改めてそのことの重大さを、胸に刻みたいと思った。
私達は後世に伝えていかなくてはいけないのだと思った。

初の劇団四季のミュージカル体験、私はインドネシア人留学生のリナ役の女性の
歌唱力や表情に心を打たれた。
後から調べてみると、主人公の勲役の方は、初演から演じているネンキが入った方で
絶賛のコメントはこちらの方が多かった
あっ、私まだ演劇初心者なんだなぁと改めて実感。。。
(映画はある程度批評できる知識はあると思うんだけど)
四季劇場「秋」、もう少しイスがいいイスだと助かります。
お尻がいたくなっちゃった。。
休憩も挟んだので、1時間座っているのが精一杯なイスでした。。
これは残念なポイント。

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残されたもの
シルバーウィーク最終日。
ひとまず一大イベントは終了しました。
先週金曜日の晩、母が東京に到着。
その後、秩父の温泉でゆっくりして、翌日は巾着田の満開の彼岸花。
次の日は行きつけとなりつつある柏のDHCのSPAへ行き
午後は銀座へ。
昨日、広島へ帰っていきました。

年に2度しか帰省しない親不孝な娘からの親孝行旅行。
前々から書いている通り、本来は尾瀬に行く予定にしていたんだけれど
母の骨折やらなんやで、秩父に変更。
とは言え、秩父でもちょっとしたハイキングだったので、同様アクティブな連休。
めっちゃ歩いたし、食べたし、SPAでのんびりもしたし大充実なシルバーウィークでした。

親元を離れてもう長いので
5日も一緒にいると息がつまることもある。
それを感じたことが、大学生の頃少々寂しくもあった。
でもそれが私の大人への第一歩であった。
母は私の唯一の母ではあるけれど、一人の女性。
「なおちゃんのお母さん」ではなく。
やはり、お互いが離れて暮らすからこそ、お互いをいたわれることもある。
今回私の知らない一面をまた発見した。


昨年、パートナーを癌で亡くし
またひとりの生活に戻ってしまった母。
もうあれから1年たってしまったと、早いなぁと改めて思う。

今回の銀ブラで母は指輪を購入した。
5月の母の誕生日には継父は入院したばかりで
体調がどんどん弱る一方だったので、何もプレゼントできなかったとか。
そんな母に「これで誕生日プレゼントを買いなさい」と渡されていた金券があったので
それをどーんと使うんだと、張り切る母。
結局、お気に入りの品が見つかったみたいで
一生の記念になる指輪が購入できた。
私の憧れのブランドで、私もいつかあそこの指輪が欲しい。
(贈り物 orもちろん自分へのご褒美も想定しつつ・・・)

指輪の購入の際、靴の取り寄せの際
又、今回の旅の荷物を詰め込んだ宅急便を発送するの為の送り状を記入する際
母は引越したばかりで住所を覚えておらず
毎回アドレス帳のメモを見ながら
自宅住所を記入していた。
その隣に思わず目についたメモ


「1999年○月□日   出会った日」
「200○年○月△日  悲しかった日」
「200・・・・」


継父との思い出の日付がメモされていた。
法事の説教(いや、お話?)等で、耳にしたのかもしれない。
何かの本や雑誌で読んだのかもしれない。
そうやって、思い出の日を記すことで、
記録して、記憶して、故人を想い偲ぶことができるって紹介されていたのかもしれない。
決してキレイな字とはいえない母の雑な字で
一生懸命書かれ、きっと思い出した順なんだろう
大小さまざまな大きさの字でうめられていた。
となりのページには写真。
「お母さん、恥ずかしいからこのページは隠して」とは言えず
「何、それ?」とも聞くにも聞けなくて、気付かないふりをした。

愛する人が亡くなるって、どういう気持ちなんだろう。
今更ながらに、今の私には想像ができない。
そして、私なら大丈夫だろうか?
そんなこと起こっちゃったら、何も手につかないんだろうなぁ。
何もしたくなくなるんだろうなぁ。
たかが数ヶ月会えないダーリンとのことで愚痴を言っているくらいだから。
現に彼は生きてるし、ありがとうって感謝しなきゃ。
先も見えない問題と対決しているけれど
彼は確かに生きている。
母に残されたのは、50を過ぎて出会った小さな幸せと
若い頃とは違う穏やかな愛情。
そして結局自分で買っちゃったけど、おしゃれな指輪。
あの場に叔父さんがいたとしても、「似合ってるよ」ときっと言ってくれたでしょう。
あのメモに、母からの愛情が溢れていた。
叔父さんも幸せものだと思った。

結局今回の旅は、秩父の旅行こそは招待したものの
日々の食事代は母の財布から支払われていた。
結局、上記の指輪と靴以外は全て私の買物になってしまって
むしろ浪費させてしまった。。。と別れた後、後悔の念。
今日発送した母の荷物を詰め込んだ宅急便の中には、
とっさに買ったPUMAのTシャツをお礼に購入し、詰めておきました。
いつも山に行く時は同じオレンジ色のナイキのドライTシャツばかり着ていたのが
気になったので。

はー、脱力感。
明日から社会復帰できるかなぁ。
いきなりエンジンかけないようにしなきゃ。
周りには「必要ない」と公言していたシルバーウィークだけれど
親子水入らずの時を久々に過すことができて、よかった。
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柏色、表参色
先週は休み明けの火曜日出社だったけれど
なんでこんなバタついているのか?よくわからないバタバタっぷりで
全然お家のことが出来なかった上
土曜日はお疲れモードで朝寝坊で悪循環。
そういえば中国語の日記も1回も書けなかった。
土日もないダーリンに話したら、贅沢だと言われそうだけれど
今の私には「ゆとり生活」がないと、体のリズムがうまくいかないようです。
まるで「ゆとり教育」世代が、放課後の補習生活になじまないように。。。

昨日は今週末に母がこちらに来る為
ざーっとお部屋をお掃除。
週末主婦作業をこなし、
この間買った植物の「やどかり作業」をしようと思ったら
鉢底の石がないことが判明し、近所へお買物。
ホームセンターも考えたけれど、徒歩20分以上なので
ちょっくら思いついた「もしやドンキにあるかも?!」

柏駅のドンキホーテ。
ゴミゴミしているので、めったに行きません。
もちろん物は安いと思う。
ぱーっと眺めるというよりは目的買いかな。
結局お目当ての商品はお隣のダイソーにあり、そちらで購入。
でも久々に探索しちゃいました、柏のドンキ。
私が今まで行ったことのあったドンキはここまでギャルっていなかった気がするんだけど
季節がらハロウィン衣装のとなりに置かれたフツーの衣装が十分ハロウィン?!
もしやPOSシステムを参考に商品を集めたら、こうなったのか。
柏近辺の女子高生の109、VATが近いということもあるからか?
めっちゃまつげ長くなりそうなマスカラから、キティちゃんとガチャピンのコラボ商品まで。(なんじゃアレ!!)
インテリアコーナーには暇そうな高校生の集団がソファーに座って雑談。
よく角をみると、あっゲームセンターもある。。。
自分が30代だと、昭和生まれだと感じた瞬間でした。

その延長で、今日の美容院での雑誌は
大学生雑誌を久々読みました。
話題は流行のアイテムをいかに安く着こなすか
&彼との○×、そして鏡リュウジの占い。
たまにはいいものです。気持ち若返るし。

その後、表参道で気持ちをリセット。
やっと実年齢に戻ってきました。お帰りなさい。
さーて、今日はゆーっくりお風呂つかるぞ。

ダーリンは昨晩電話口で「今日はね、星がとってもきれいだよ」と言っていた。
仕事が忙しくて、ほとんど寝てないはずなのに、
心はとってもピュアなままなんだなぁ、、、と改めて感心しました。。
意外と余裕あるんじゃん。(なんて)
お風呂から空を見上げると満天の星空が広がるような浴室だったらいいのになぁ。
そんな一軒家、いつか建てることができるかな。
現実はクリーム色の壁、窓もなし。
でも、人はステップアップするものですから。夢は夢で見ておこう。
そんな理想の家が建つころには、今日やどかりした小さな植物くん達も大きくなってるかな。
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「虹が消えた日」
最近、すごく聴いている曲
秦基博「虹が消えた日」

音楽って、その時の自分の心をうつす鏡。
辛いとき、楽しいとき、失恋したとき、HAPPYなとき
聴いて、心を動かされて、
エネルギーになる曲。
私はそんなエネルギーになる曲が大好き。

恋愛ソングでもなく、人生応援ソングって
なんだかウサン臭いものが多いんだけど
この歌って、もちろんサビのせつないメロディーにまずドキューンと打ち抜かれ
メッセージを持っていながら、押し付けがましくなく
なんだか忘れていたものを思い出させてくれる。

なにせ歌詞では「虹は消えてる」し。。
さらに「君の描いていた世界はここになかった」とも言ってしまう。
もうこの世の終わり?!人生夢のない現実世界?

でも、
「僕らは行こう 夢見る頃は過ぎ」
それに「不確かにふるえてる現実がここにあるけれど」
「消えてしまった虹のその先へ」と語る。

またいつか架かる橋を信じて歩き始めるんですね。

私も数々の夢を描いて今に至る。
そう簡単ではなく、長い人生もちろん手に入れたものもそれなりにあるけれど
見失ったもの、チェンジしたもの、あきらめたもの、ダメだったものも多い。
今 再度夢だけを追いかけていくには、
いろんなしがらみが多くなってきている年齢でもある。
それでも「夢子」じゃなくなった今でも、その先に可能性が広がっているからという
とても前向きな歌なんですね。

秦くんは私よりもちょっと若いけれど
それでも20代後半の青年の素直な気持ちがとても表現されていて
久々に曲を聴いて涙しました。

それは、昔かなわなかった夢の回顧でも
辛い今への慰めの涙ではなく
なんだかんだ言って、前に進んでいくことをやめない私の人生への応援歌に聞こえたから
だから共感できたんだと思う。
ちょっと現在の私は、いろんなことで遠回りしている気もするけれど
「滲んでも 色褪せてしまっても そんな変わりゆく景色も受け止めて」
前に進めたらと。
どんなにパワーをもらったことか。


気になった方、チェックしてみてください。
明日より広島に帰省しまーす。今回は短い夏休みですが。


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