何気ないところに小さな幸せが・・・。そんな日常を「徒然なるままに」語ってます。   
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中国山西省への旅 総括~モラルの国からこんにちは~
今回の旅で気づいたことは多いけれど
中でも面白い事実を発見。

それは長治でホストパパの学生時代からの友達と飲んでいる時に気づいた私の口癖。


・スゴーイ(日本語)
・是吗?(中国語)


スゴーイはそのお友達に指摘されて気が付いた。
スゴーイってどういう意味って聞かれたが、なんだか中国語の音ではビミョーな意味のようで。。。
私は気付くと、すごいこと、えーっていうこと、酷なことに対して
「スゴーイ」と発言し片づけているようだった。
「是吗?」は相槌だけど、「そうなんだ~」って言う時によく使っていた。。
もっとレパートリーを増やさんとね。

あとは、、、、
今回改めて私は「地方都市」に行ったんだなぁと感じた
町の皆さんの遠慮なしでモラル皆無な行動。
海南島にいたころがまぁ懐かしくも感じたが
久々にこれを受けると少々疲れもした。
日本での当たり前がひじょーに懐かしく感じて、成田に着いた時ちょっとほっとした。


実は今回、ホントに旅行に行くのを迷っていた。
どーしても行きたい!と思ったのは、
昨年のシルバーウィークに会社から休暇を拒否られたことに起因する。
当時の行先はコペンハーゲンとミュンヘンの予定だったけれど
腹いせ?と言うわけではないが今年のGWはどうしてもどうしても海外に出たかった。

そんな想いから、2月にすでにチケットをGET。08年以来の中国。
父の状況は落ち着いていたし、なんかなると思っていた矢先での震災、そして入院。
旅行ムードではないんじゃない?という周りの声もあったと思うけれど
それでも私は出発したのにはいろんな理由がある。

①私のワガママ。
一度決めたことを覆すのが大嫌いだから。

②後悔したくなかったから
ここで行かないと、父の看病のせいで行けなかったと父を責めてしまっていたかもしれない。
今回、継母が私の背中を押してくれた。
そのおかげで戻ってから看病にしっかり集中することができた。
現地で網バー(インターネットカフェ)を探して、メールをチェックするのは大変な日もあったけれど
それでも私のワガママを叶えてくれて、継母には本当に感謝している。

③正直、気持ちがパンクしそうだった
そんな私の心は5月アタマの日記「その日のまえに」を参照

④私ができる「何か」を伝えたかった
今回震災を目の当たりにして、中国の方々がどのような印象を持っているのか聞いてきたかった。
彼らは思った以上に正確に情報を把握しており、とても胸を痛めていた。
もちろん日常の生活にて常に祈りをささげているなんて方はほぼいないだろうが
みな関心を持って下さっていた。
とりわけ、日本人に対する印象が例の秩序を守った点でUP
日中友好の草の根交流を志すものにとってはとても嬉しい感情である。

片やタクシーの中やいろんなところで日本の震災の話題をあげれど
興味のない人はまーーーったく興味がない様子で
海を挟んでやはり「他人事」感がいなめないと思った。
それは仕方のないことかもしれない。
私達も四川大地震の時、ずーっと関心をもっていたれたかと言うと微妙だったし。
事実、秩序やモラルを守る日本人の姿の方が
震災の惨事よりも彼らにとっては記憶に残ったいうことらしい。

最後に、、、
今回の旅のアレンジを手伝ってくださった、ホストパパには感謝感謝。
前日までキャンセルもあるかもしれないという状況の中で
よてもよくしてくれた。
ホストパパとは旅の前半を一緒に過ごした。
離婚するかもしれないということで、楽しみにしていた娘にも会えなかったし
そんな愚痴話に毎晩白酒か?と少々楽しみに(失礼!)していた、、が
結局、ご家族やお友達といるときはそんな話題はタブーで
あまり触れずに深酒もすることなかった。(お友達と宴会した1日だけ)
もっとしっかりお話を聞いてあげたかったなぁと思った。
でも生きているということは前に進んでいくということ。
親が離婚した身でアドバイスできることはいろいろ話してきた。
環境の影響はかなり受けるにせよ、ちゃんとそれなりに子は育つということ。
そんなことよりも自分の幸せを考えてくださいと昼間のビールを片手に語りました。
また、ビジネスとして長治での旅行日程も考えているということなので
それはビジネスライクな立場として、しっかり辛口に意見させていただくつもりであります。

まとまった休みがとれるのは次は分からないけれど
のんびりできてよかった。
今この時期に行ったことでの意義は、私の中では大きい。
あくまで私のワガママな行動ではあったけれど
改めて心にいろんな決心がついた1週間だった。

神様が今いろんな境遇で大変な人たちを見捨てず、
みんながHappyにいつかなれますように。
精いっぱいの人生を皆が過ごせますように、、、祈りをこめて。
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中国山西省への旅 その7~夜風をきって走る平遥~
21:00をまわって到着した平遥。

いろんなところで物珍しそうに見られることには慣れていたが
2つ前に座ったカップルの男子の方が
何度も何度もこちらを振り返る。
「うざっ!」と思い、思いっきりガンをとばしていたが
(おそらく暗闇だから見えなかったろう)
到着した際にえらく親切に

「君は観光客だろう。
 ホテルまでは電話すれば迎えに来てもらえる。
 もしくは止まっているバイクでも市内には迎えるよ。市内はすぐだ」

と、まるでドラマ「搭錯車」の石頭みたいにキザな人だった。
(懐かしの那須家の方々しかわからないネタだと思いますが。。。)
お兄さんからの一言に安心したものの、まわりは何もなくまーーーーっくら。
しかも客引きのバイクは多く、、不安がよぎりまくる。
急いでホテルに電話し、「とにかく1秒でも早く迎えに来い!」と焦る。
ホントに真っ暗で、周りを見渡しても長距離バスのバス停には見えず。
(待っている間に50メートルほど歩くと、ようやくバス停が見えた。)

待つこと15分くらい。ようやくホテルのお迎え到着。
私には30分以上に感じたので若干べそかきそうになっていた、、、
気持ちを切り替えてバイクに乗ると、すぐに城壁が見え
城壁を入ると、西安をタイムスリップさせたような
小さな小さな城下町がまっていた。
これかぁ、夜が素敵だからっていう意味。納得。

ホストパパが予約してくれていたのは、入口近くの四合院。
すごく素敵な雰囲気で大興奮
早速「登記」をすませて、いろいろ質問。
家族経営みたいで、そこにカワイイ息子も登場。
外をまわってきたら危ないか聞いたところ、ぜーんぜん大丈夫ということで
息子くんにバイクでまわってもらうことに。
しかもお腹すいていたから、どっか今の時間も空いているおいしいお店教えて
って注文までつけて、専属運転手になってもらいました。
高校生くらいかなぁ。とーっても素直でよい子。
ちゃんとバイクしてくれたお礼にを払おうとすると
「ホント気持ちでいいから」ととっても謙虚。。。金欲なーい。
恒山のタクシーのぼったくりオヤジに聞かせたい台詞だ!
(向こうは商売だろうけど)

バイクを飛ばして風を切り、ちょっと肌寒く感じる夜風が気持ちよかった。
考えてみれば明日で観光は最後。
なんだかあっという間の旅だった。
今日はとってもハードな一日だったけれど
すごくすごくホッとできる古城の夜風だった。

ちなみに夜の四合院はこんな感じ。
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朝はこんな感じ。
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そして朝日を浴びた宿泊のお部屋。これ、私好きな写真。すごくきれいに撮れた!
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お部屋の中は横に長い部屋でうまくカメラにおさまらなかったけれど
ぜひぜひ中国に行った際は四合院に泊まってください。
平遥以外にもありますよ。ちなみにここは四つ星で、なんと!188元でした!

平遥の予習はあまりしていっていなかったけれど
どうやら中国「銀行」発祥都市。清の時代には貨幣経済の中心地として栄えていました。
平遥の町は十分一日で観光できると思う。
私はあわただしく半日で観光。
150元の共通券で、平遥の観光地は全て網羅できるけれど
注意が必要なのが、各博物館の英語の説明がほとんどないので
中国語が分からない方は、説明の文書が読めません!!(150元は若干もったいないか?!)

私は今までいくつもの観光地で実践しているのが
一人でじっくり説明書を読むよりは
ツアコンがくっついているどこかの旅行団にでも張り付いてみての、必殺盗み聞き。
絶対こっちの方がよく分かるし!

観光した中でも印象的だったのが、どこかの邸宅内にある京劇台近くの「静かに」の札。
日本でも相撲、ゴルフ、いろんなシーンで見かけるから
そんな原点を見た感じでワクワク。
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平遥の街並み。
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あわただしく観光をして、またバスに揺られて午後は太原へ戻る。
いよいよ明日の北京発東京行きの飛行機に乗るため、北京へ向かう。
急いで初の新幹線(とでも言おうか)のチケットをゲットするために列へ
駅の構内なのに、堂々とダフ屋が横行しているのも中国らしい。
もう五一の休暇は終わっているはずなのに、人人人!でホント疲れる。
いつも中国に行くと思うのが「こんな平日の昼間に、みんな何してんの?!」
結局購入できたチケットは出発まで1時間以上も空いちゃったけれど、なんとかゲット。
ほっと一息。。

太原→北京は3時間。二等席(指定席)で157元!
東京→大阪や神戸くらいの新幹線を想定すると、なんて激安。
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いそいでいて全然うまく撮れていないけれど、、いちお見るからに新幹線。
新幹線の中はまぁうるさいこと、うるさいこと。。。
普通の電車とさほど変わらない賑やかさ、
でも座席だけは広くて快適。
目の前の座席のカップルの女性が、猟奇的な彼女さながらで
びびりました。。。。
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中国山西省への旅 その6~期待と裏切りの観光地 後編~
イヤな予感は前日から始まっていた。

なにせ四つ星ホテル(しつこい?でも1泊180元。。←3,000円?)だったので、
割と外国人の観光客が多かった。
到着した大同空港ではまーったく見かけなかったのに
このホテルでは大都市の観光地にいるようだった。

前日、ホテルのフロントで定番の観光地までの行き方を質問していたところ

「懸空寺まではバスでも行くことができるけれど
 明日、日本人の観光客の方がタクシーを包車(貸切)して
 懸空寺まで行きますよ」

と好情報が!フロントのお姉さん曰く、同じ日本人同士だから私を通すよりも
直接お電話されてみては?なのでお部屋番号を預かる。
おそらく彼らは大同⇔懸空寺のルートだろうが
私は懸空寺から太原に行こうとしているので、半分だけの同伴になってしまう
それでもタクシーはバスよりも早いし
何よりも同じ日本人の方だからまぁ安心だろう。
フロントで聞いていた包車価格は結構高かった。でもまぁ数人で割れば。。。

と、心躍らせていただが考えが甘かった。
相手は声の感じからしておばはんで
「私たちは3人だから、もう乗れないし、、、残念だけどね~~」と
遠まわしに断られた。
えっ、ふつーのタクシーなら4人乗れるじゃん!なんで~って感じ。

おばはんに断られちゃったから
どちらにしてもバスで行くしかなかった。
早起きして(でも四つ星ホテルの朝食はしっかりと食べたかったし)
ちゃっかり朝食は頂戴し、タクシーで急ぎ長距離バス乗り場に、、、
ラッキーなことに、バスの行先は「浑源」という街行だと聞いていたのに
「懸空寺」行きのチケットが販売されていた。

安い長距離バスだから、無駄に停車するし
一体いつになったら着くんだろう、、、とバスに揺られて2時間近くたったところで


「はーい、懸空寺へ行くお客さんはここで降りた~」


と突然降ろされる。
農道の途中、寺なんて全然ない。
そしたらふつーの乗用車が数台とまっていて
「懸空寺まで連れて行ってやる」と言う。

きた~。就是中国!!
ここからがお金の交渉になることが目に見えていた。
つまり、バスは「浑源」行きだけど、寺はその途中からちょっと入ったところ
この途中の道で「一般人」が金儲けしているわけだ。
仕方なくもう一組のカップルと一緒に懸空寺向かう。
運転手曰く、懸空寺は30分あれば見れてしまうぞ。。と。
え~~すごく期待して来たのに!!
それがホントかどうかはすぐに分かった。

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こんな崖にたっていて、名前の通りすごーいい!!なんだけど
結構中は小さくて。。。
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確かに30分ちょっとで観光終了。。。
2時間かかってこれか。。といった感じ。
雲崗石窟同様、100元近くの入場料を払ったが、価値なし。
こりゃ対岸からの写真で十分だった。
ついでに「私を」断ったおばはんたちらしき3人組も見かけた。
当然しかと。日本人じゃないふりして通り過ぎる。

困ったのが、私が行きたい太原へのバスは次が午後の2時だという。。
現在時間11:00過ぎ。
タクシーの運ちゃんが「バス停でぼーっとしているなんてホントもったいないぞ」と
言い張るので、別に行きたくもなかった
中国6大山?の恒山まで行くことに。
お金をアホみたいにぼったくられそうになり、当然半値交渉。
懸空寺へは絶対大同からタクシーを包車して来るべき。
バスで安くすませても無駄にお金がかかってしまった。。
恒山はふーんっていう感じの山だったので、ひとまず省略しまする。

実は、この日は大移動の日だった。
一人旅行の第2日目
大同→浑源(懸空寺観光)→太原→平遥とかなりの距離を移動しなくてはいけなかった。
この旅程はホストパパのすすめだったけれど
「太原は山西省の省都だけど宿泊してもそんなに見るものがない」というのと
「夜の平遥が美しい」ということだったので、どうしてもこの日は平遥に泊まりたかった。
太原まではかなり距離があるので、
午後の早い時間にはこの懸空寺付近を出発していたかった。
浑源→太原のバスが出ているかどうかも行ってみないとはっきり分からなかったので
ひやひやだったけれど、ひとまずチケット購入。
14:00発で太原には4時間後の18頃出発。
10:00出発の次が14:00だったので、仕方がなかったと思う。
でもこんな予測不可能な旅って、日本じゃありえない。だってネットでなんでも検索できるし。。
さて、、はたして太原に夜到着した時に平遥行きのバスは出ているのか。。
途中集中豪雨にもあい、大変なバス道中。渋滞も。
渋滞にイライラするなんて、中国の旅でありえない。
もっとのんびり旅したかったな、2日目は。。

結局太原に到着したのは19時近く。
しかも到着したバス停からは平遥行きのバスは出ていないということで
急いでそのバス停名を聞きだし、タクシーで向かう。。。。

終バスの1本前。。。ともかく疲れて爆睡。
乗れてよかった。
そして無事平遥に着いた時は21:30をまわっていた。。。

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中国山西省への旅 その5~期待と裏切りの観光地 前編~
イケメン飛行機を降りたったら、こーんなにきれいな青空の空港でした↓
デッキなんてないから、タラップを降りたら地上。。

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ほーんと何もない、、、
どこに一体市街地があるのかも不安になる「大同」。
いちお山西省の観光地が郊外に集まっているはずだから
観光客はちらほらいるはずだけど。。。空港であった人は地元の人ばかり。

昔懐かしい感じのバス(大巴)に乗り、1時間近く揺られ市内へ。
市内では久々四つ星のきれーいなホテルに宿泊。
ふかふかベットにゴロ~ンとしたかったけれど
いとまず大きなリュックサックを置いて、すぐに観光へと向かう。

まず目指すは雲崗石窟。
石窟の中にたくさん仏像あり、未だに発掘が続けられている場所。
まぁ大きな仏像があるとは聞いていたが、実はあんまり期待はしていなかった。
でも、行ってみるときれいに整備されていた観光地だった。

こんな門に迎えられ、、、

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なかなか石窟までたどりつかない、つかない。。。
一大テーマパークかと思わせるだだっぴろさに、「まだ~」って感じだった。
15分くらい「中国庭園?」を歩いて、ようやくメインの石窟まで辿りついたときは、超感動。

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たーくさんの石窟があって、後から気づいて「第〇石窟」っていう説明書きも
一緒に写真にとることにした。
(家に帰ったら、何がどの石窟か分からなくなっていた。。。)

中でも一番有名な第〇?石窟の仏像はお外にいるけれど
こーんなにでかい。(左側のおっさんと比べてください)

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雲崗石窟は一生のウチ一度は行った方がよい!といちおし。
スケールが違うし、入場料に150元払った価値があったなぁと我ながら思う。
また天気がよかったのがますます気持ちよかったなぁ。

帰りはえらくリーズナブルに1元のバスでホテルに戻ってきて
明日の本命観光地、ちょー期待の「懸空寺」に備える。
懸空寺は昔から行ってみたかった場所。
崖の途中に立っている寺で、寺までは登れるけれど人と人がすれ違うのがやっと
というせまーく危険な観光地
と、、、これまたなんかの教科書で読んでいた。
めちゃめちゃ期待いっぱいで、ワクワクしながら夕食へ、

四つ星ホテルだから、紹介してもらえるお店に期待をしていたのに
「一人で行く」と言ったら紹介されたのは、ファーストフード。。。
見くびられたか?
でもそれが意外とおいしくて、大満足。
定番の刀削麺。

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う~ん吃饱了!


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中国山西省への旅 その4~美女と呼ばれて~
田舎ではイケメンや美女と遭遇する機会が皆無である。
みんな「土(トゥー、田舎くさい)」感じがどうもぬけず
海南島にいた時も思っていたが、女子は磨けば光るような原石もいるのに
(お化粧の仕方や洋服のセンスがよくなれば、それなりに美しい)
男子はホントにあかぬけない。

中国人のお友達がよく話す「日本とは30年の差がある」と。
これはもちろんGDPや経済の話ではなくて、「いけてる度」とでもいうだろうか。
確かに日本の昭和30年~40年の頃の映像を見ると、当時の若者はなんだかダッサーーーイし
キレイなお洋服に身をつつんでいても、どうも西洋の方々と比べてスタイルが悪かった。
皆ドラえもん体型(私は今もそうだけど)
私が幼かった80年代後半から90年代バブル前
よくmc sisterやら雑誌の「パリやロンドン、NYのスナップ」なんて特集を見ては
「向こうのお姉さんたちはホントきれいでおしゃれだなぁ~」とあこがれたもの。
今の日本では、街中におしゃれできれいな人があふれている。
もうパリやロンドン、NYにひけをとらない。

中国の方たちはとてもスタイルがいい。
女性は背が高い方も多いし、すらっとしている。
それでもオシャレな人を街で見つけるのはとても難しい。多分センスの問題。
だからテレビに出ている美しい方達はほんの一握りだとよーくわかる。

そんなんだから、日本人が中国に行ったら「3割増し」になる。
日本でふつーの人は「かわいい、きれい」となり
日本できれいな人は「ちょー美人」にでもなるだろうか。
私も日本ではどこにでもいる一般市民だけど、中国に行くと「美女(めいにゅー)」と言われることになる。
これはどういう時に聞き取れるかというと
タクシーなんかの値段交渉をしている時に

「だからお嬢さん、無理言っちゃー困るよ。
 40元じゃ全く話にならないよ」

などなど、この「お嬢さん」などの呼び名が
「美女」や「帅哥(ハンサム、イケメン)」となるわけだ。
まじまじと店員に見つめられ、言われることもある。
外国人を一人も見たことがないというところに行くとさぁ大変。
まぁ誉められるということは悪い気がしないしね。
ともかくモテモテ気分を味わいたいと思ったら
皆さん、中国へ行きましょう!


そんな田舎町で目の保養をしばらくしていなかった数日後
長治から雲崗石窟を見に行くために大同へ飛行機で向かうことに。
中国南方航空に乗ったら、客室乗務員のお兄さんがかっこいいこと!!!
さすがに写真はとらなかったが、用もないのに呼びたくなってしまった。。
背が高くて、韓流の肉食アイドルみたいにたくましい体が私好み♪
でもすっきりした顔立ちをされていて(それも私好み)
若干揺れたフライトだったけれど、頑張れた、、
客室乗務員のお姉さんもめちゃめちゃ美人。
もちろんつけまつげだったけれど、目がぱっちりでまるでアユのようでした。

後日談、、、
中国人の友人に聞いた空姐の採用事情。。。
中国南方航空は一番入るのが難しいとか
まさしく「顔」でとっている。
中国国際航空は「気質」←日本語とはちょっと意味が違うか?
中国東方航空は確か学歴とか言っていたか。。。
日本の航空会社で客室乗務員になろうと思っても、それは大変だろうが
人口が多い分、もっともっと厳しい戦争を勝ち抜いた精鋭というわけだ。

何はともあれ、これからが観光本番。
またまた幸先のよい一人旅スタートでした。
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中国山西省への旅 その3~麺三昧スタート~
皆さんは「長治」という町をご存じだろうか?
知らないでしょう。
山西省の場所さえ皆?だと思うけれど、北京から飛行機で1時間の場所。

・后羿射日の神話の地
神話参照↓
http://japanese.cri.cn/chinaabc/chapter16/chapter160109.htm
※私はHSK6級の試験勉強の際の模擬試験でこの話を読んだけれど、
「幸せに暮らしましたとさ」までしか知らなかった。
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・西太后が生まれた村
西太后は満州貴族の娘という説が通説だが、
山西省長治県の小さい村の貧農の娘だったという説を
19年かけて劉奇という人がつきとめた話が新説として伝わる。
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・昔、国民党と共産党が衝突した場所
よーくみると大砲の跡が残っている塔↓(写真下の方)
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そんな場所になんでわざわざ行ってきたかというと
北京にいた時にお世話になっていたホストパパの故郷だから。
ただそれだけの理由。ちょっとした郊外なので、そこでのんびりして
旅行の後半戦は一人旅を満喫しようというもの。

山西省の名物といえば「山西麺」
山西麺といっても、ラーメンとはちょいと違う。
麺はどちらかというと「うどん」に近いか。。。いろーーーーんな種類がある。
日本で有名な刀削麺もその1つ。
長治では、ホストパパの実家で手作り麺をごちそうになる。
山西省では、嫁入り前から家でつくっているから大体との女性も麺が打てるとか。。
長年の勘で、柔らかさやこしを確かめて、打っていく。
もちろん男性もお料理をするので、男性だって大活躍。

こんな感じ。
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もう一つ、下記は炉麺っていう麺。こうやって具の上に麺がかぶさり、、、
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ともかく、どちらもめちゃめちゃおいしかった!!
日本では食べれないだろうなぁ。
こういう現地でしかない食べ物って、ホント貴重。
中国の旅はホントこの「食」が何よりも楽しみなのだ!
手作りの山西麺は、なかなか作り方を覚えて帰ろうっていうレベルではなかったけれど。。

他にも長治で食べた麺UP!!これまた上記とは違う種類。。
これはなかなか家ではつくれない麺らしい、外食にて。
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うーん、大満足。
簡単バージョン山西麺はうどんで代用してつくれます。
すいでもつくれるよ。結構よく食べてます。




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中国山西省への旅 その2~懐かしのあの場所へ~
羽田空港が閑散としていて、これがGWの始まりなの?とちょっとさびしい感じの出発。
飛行機も若干の空席があったし。
まずは北京に到着。
でも北京空港についてそんな暗ーい気持ちは一新。
前回は08年に来たけれど、ますますパワーアップしている大空港。
乗り換えの飛行機まで5時間以上あったので、懐かしの市内に行ってみることに。
荷物をあずけ身軽になり。新しくできた空港快速に乗って、北京市内へ。(めっちゃ便利になった)

どこに行って懐かしいものを見るか。。。
ともかく「これ」しかなかった。
親友の韓国人恩瑛に紹介してもらった、杭州の小龍包屋。
げきウマ!
海口にいた時ほど、そこまで感動してもう一度食べたい!というお店が北京にはなかった。
でもここの小龍包はなんだか素朴な味で、通いたくなる安さとうまさ。
今にも傾きそうなお店が印象的で、大学の先輩が会議でこちらに見えた時にも案内。
行った回数は多くないけれど、もう一度小龍包が食べたかった。

問題は「場所をはっきり覚えていなかったこと」
記憶をたどりながら「一体何駅だったか。。。」とめぐってみる。
北京時代に使っていた地図はボロボロになり捨ててしまっていたし
(確かあの地図には書いていたはずだけど、、、)
目星を付けた場所を数か所歩いてみるが。。。見当たらず。
こんなことなら、ちゃんと恩瑛に聞いてから来ればよかったなぁ。

雨が降り始める。。。
雨で頭を冷やしながら冷静になって考え、
「確か恩瑛と買い物に来た時に案内してもらったんだから、、」
目印は胡同と果物や、、、、大通りからは少し入る。。。

1時間以上格闘し、あきらめかけていたら、、、
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あった!!
ホントに幸先のいい旅のスタート。つぶれていなかった!

これが小龍包。
先輩にも懐かしがってもらえるだろうが
「冷えたビール」=「凍ったビール」は今回はありませんでした。。。
残念ながら「ぬるいまま」1瓶あける。
変わらず5元の小龍包
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でも、味がちょっと落ちた感じがしたのは気のせいか。。。
まぁともかく、絶対に北京に行ったら食べるぞ!のものが食べれてよかった。
これで悔いはなし。

そんな感じで北京滞在終了。
故宮にも大学にも行かず、、、、これでよかったのだ。えらく充実。
そしてよく覚えていた私の頭!えらい!
さて、その後山西省に入ります。
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中国山西省への旅 その1~旅の楽しみは最新映画~
iPhoneでとった写真もしっかりUPしたいのに、まだ整理していなーい。
ですが、ひとまず記憶が薄れないうちに残しておきたくて、今日は序章。

海外旅行の楽しみは、食・美しい景色・人情などなどいろいろだが
まず一番の楽しみと言えば、飛行機の中での最新映画鑑賞。
中国・台湾・韓国路線はフライト時間が短いから、運がよくても2本くらいしか見れないけれど
今回私は

行→「ツーリスト」
帰→「グリーン・ホーネット」

を見てきました。行きはホントは「バーレスク」を見たかったんだけど
上海路線しかやってなかったので、まぁいいか~の気持ちで「ツーリスト」を選択。
この映画の見所はやはり美しい街並みで、話はめちゃくちゃ分かりやすいから
飛行機の上のような若干集中できないような場所で見る映画としては
ちょうどよかったかもしれない。
母も見たらしいが、「ラストの展開に全く気付かなかった~」って言ってた
でも私からするとかなり分かりやすい展開と思ったけど。。。登場人物も少ないしね。

グリーン・ホーネットは周傑倫(ジェイ・チョウ)が出演していたので
「いちお」ジェイファンとしてはおさえておこうかなぁ思っていたところ。
ヒルズでもやっていたから、レディースデーとかにふらっと行こうかなぁと思っていた。
こちらも勧善懲悪な映画展開で、途中トイレに行こうが、気流の影響で集中できなくなっても
特段見れる映画だった。
帰りの飛行機での特集がアカデミー賞の助演男優賞を受賞した
「ザ・ファイター」の影響からか「ボクシング映画」だったので
興味のない私は、なおさら迷わずジェイの映画でよいかなぁ、、、と鑑賞。

あまり好きでない飛行機の中もこれで快適に。
次は「ブラック・スワン」かな、、楽しみ。

さてさて、週末には本題の旅行記をアップしたいと思っています。(希望)

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「その日のまえに」
~前書~
早く旅の記録をアップせねばと思っているのだが
父の件でなかなか時間がとれず、今日ようやくスーツケースの片づけを終えたところ。
で、旅行の記録を残す前に書いておきたい衝動にかられ
大陸の安ホテルの裏紙に記録した文章があるので、そちらから先に。
明日病院で時間がある間に旅行記は整理しようかな。写真もUPしたいし。

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私はこの本を中国の外国人なんて今まで一人たりとも見たことがないような
小さな都市の安いホテルの中で読み終えた。
死が近くなっている父のことを話した際に、ある友人から勧められた一冊だった。

重松清 著「その日のまえに」

術後に医師から言われた余命を半分過ぎて、とりきれないガンではあるけれど
共存していこうと心に決めた矢先、また父は入院した。

再び告げられる医師からの残された時間の話。
術後の宣告ほどの衝撃はなかった。
ただただ「これからどうしよう」とか「あのことどうなっているんだろう…」など
事務的なことだけが沢山頭をよぎった。

それを薄情なことだと思っていた。
でも今まで感じてきた父への不満や多少の憎しみを考えると
仕方のない感情なのだとも思っていた。
これが一緒に暮らしてきた父なら全く違う感情を抱くかもしれない。
しかし本の中で語られる「その日」を迎える家族や本人も
決して泣き崩れるだけではなく、それぞれが死に向き合う姿勢をとっていた。
逝く人と残される人。
伝えること伝えられること、、、それが自分の予想外のことだとしても
残された者は生きていかなくてはならない。

本人はまた家に帰れると思っている。
休日まる一日つき合った病院にて一生懸命体を動かそうとする弱った父がいる。
私が見舞いに行く日は割かし調子が良い日が多い。
だから本人を見ていると本当に信じられない気がするし、
そんな父を見ていると何だかよく分からないけど涙がとまらなかった。

この本には私が感じた同じようなことが沢山書いてあった。
なんでウチが?!、、、と元気で幸せそうな人をねたましく思ったり
押しつぶされそうになるのは普通の感情なのだ。

この本を読んで気持ちをだいぶ整理できた。
ゆっくり本と向かい合える時間ができて本当に良かった。
人には人の数だけ別れと出会いがあり、その感情は決して本人以外の人が分かることはないだろう。
友達の存在は大きいけれど、多分なかなか死に向き合うことへのイメージがわかないと思う。
近い家族をなくした経験のある方は多少はイメージできるかもしれないけれど
それでもその立場や感情は人それぞれ。
だから、ただただ会えた時にギュッと抱きしめてくれれば私はそれで十分。
頭をなでてくれればそれで十分。

当の本人は家族を残して旅立つことに対して、本当に無念なことだと思っているだろう。
“無念”ということばがここまであてはまることはめずらしい。
その想いを私たちは受け止めなくてはいけない。
私はたいした親孝行ができていないし、こいつは大丈夫だとは思われているだろうけれど
ただただ親に対して誇りに思っていることは、父が付けた名前の通りに育ったこと。
沢山の愛情を受けて、沢山の愛情を周りに与えられる人に育ったこと。
身体が丈夫なこと。
沢山壁に当たっても、ちゃんと前を向いて歩けるところ。
しっかりと自分の力で立ち、一歩を踏み出すパワーは両親からさずかった宝。
でも、願いを叶えてあげられなくて本当にごめんなさい。
奇跡は信じたいけれど、最後まで希望は失いたくないけれど、私は向き合った。
今は父の自慢話のひとつとして加えられ、
「あの時は大変だったんじゃ~」で済むんなら幸せだけど。。。

人生においてこれからもこんな別れをいくつも迎えるのだろう。
私は「その日」の為に心の準備ができたことに感謝しなくてはいけない。


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