何気ないところに小さな幸せが・・・。そんな日常を「徒然なるままに」語ってます。   
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光の射す方へ
今日は有休をとって、遠方にある病院に行ってきた。
以前母がテレビで見て情報を得た「難聴を治す先生のいる病院」で
私の突発性難聴が手術で治るかもしれないからダメもとでも行きなさい!、、、と
すすめられていた件。
(確か以前日記に書いたと思います。)
前回行ったのは昨年の11月で、午後休をとってゆうゆう行ったら、
診察が終わったのはなんと23時。
鼓膜は正常だと分かり、次回聴力検査をすることになっていた。
とは言え、その後年末の忙しさ
さらにまたその先生がTVの再放送で紹介されちゃったから
HPには大変なこみあいと記載があった。
うかうかしていたら耳鼻科が混み合う花粉症の季節になってしまい
そろそろ5月、いい加減花粉症は下火になっただろうと、行ってみたのだった。

片道2時間はそうたやすくない。
とは言え、北は北海道から南は沖縄まで
日本全国から患者さんは集まっているのだから
片道2時間なんかで文句を言ってはいけない。
「再診の方はそんなにお待たせしないと思います」と電話で言われていたので
まぁ午前中のうちには終わるだろうと軽く考えていたら
今回も14時近くまでかかってしまう。
やはりすごい敏腕先生だ。

それにしても、耳が悪いという病気は
当然年寄りが多いわけで、ぱっと見70代や80代のお年寄りの方も。
50代、60代ならまだしも
余生があと10年そこそこの方々も治したいと思うんだなぁ・・・と失礼ながら不思議だった。
自身体も不自由なわけで、よろよろなのに
よく辛抱強く4,5時間も待っていられるなぁと。。。
ちょっと小耳にはさんだのが
今まで補聴器を何度も作り変えて、そりゃ多額な金額がかかっているそうだ。
先生の手術は決して高額ではないので、治ればそれはそれは有難い事だ。

年齢に関係なく、みんな小さな光にでもすがりたい気分なのだ。
耳が聞こえないというのは、とても不便。
人によっては耳鳴りがする人もいるし、バランス感覚がまず悪い。
私の場合は、左側に来た人の声が聞こえにくいことと
左で電話がとれないことくらい。
バランスが悪いとも思わないし、
夏場は汗ばむから、補聴器はいいや~なんて思うくらい。

いたって軽症なんだろう。
だから、鼓膜も無事なことだし治ると思っていた。
まわりの自分より年長の患者さんからも「あなたは若いから大丈夫よ」と言われてた。
しかし・・・

結果は、手術できず。
鼓膜は正常であるものの、左耳難聴の原因は
右側の神経とのこと。
神経に異常がある場合、この先生の手術は出来ないとか。
あまりに意外な先生の台詞に、私は頭の中が真っ白になった。
一度はあきらめていた完治の光
それが一気に見えなくなってしまったのだ。
そのせいか、どの検査が神経の検査だったのかを聞き忘れてしまった。
ぼーぜんとしたまま、母に結果報告。
この病気とは長く付き合っていくしかないようだ。
治らないものは仕方ない。
ただただ、ぼーっと遅めのお昼 マックのポテトをかじっていた。
ケチャップ、ポテト、口…の繰り返し。流れ作業のように。
ふと、突発性難聴をわずらった頃の恋人が
支えて欲しかった時に側に不在だったことを思い出す。
彼はマックのポテトの中でもしなっとした、しゃきっとしてないのが好きだった。
そうこんなダラーっとしたの。

入院をすすめられたが拒んだ、あの頃の選択。
クラブで息抜きをしたことは後悔していない。
スピーカーの近くで踊ったことも後悔していない。
ただただ、なぜ入院できなかったのだろう。
たかが2日会社をあけたところで、上司も理解してくれたし
仕事だってまわったはず。
あの頃のトラウマが、フラッシュバックする。
いっこうに治らない左耳の為に投与した薬、
「治らないんじゃないか」と不安になりながら歩いた調剤薬局までの道。
入院したら治っていたかも分からない。
なにせ、神経をやられていたようなので。


病院ではまたされることが分かっていたので
分厚い本を持っていっていた。
村上春樹の「アンダーグラウンド」
地下鉄サリン事件を扱った作品だ。
なぜ今この時期に読んでいるのかには、いちおの理由がある。
現在私は千代田線→日比谷線で通勤している。
地下鉄サリン事件の頃、私は高校生。
まだ広島にいて、人ごとのようにニュースを眺めていた。
こちらに来て、実際に被害にあった方にお会いしたわけではない
しかし、今まさに事件が起こった時間帯に、起こった路線で通勤をしていて
急に掘り返してみたくなった。
最近村上春樹著書を多く読んでいるということもあるが
手にした本。
実は本を買うまで、事件を題材にしたフィクションだと私は思っていた。
それが被害者の方の証言をほぼそのままの形で編集し
こういった事件ではマスコミの報道不信がつのる中で、なんども取材を重ね、校正し
被害者の方の言葉をそのまま伝えているものだと知ったのは読み始めてからだ。
先週末日曜日と本日でくいいるように読んでいた。

本を読んで泣くことはあまりない。
しかし今日は我慢できなかった。
電車の中と分かっていたが、とめられなかった。
それは今日は自分はセンシティブになっているという事実だけではないと思う。
本の内容は、事件の1年後~2年後だが
今は皆さんどうすごされているのだろう?
無差別殺戮の悲惨な被害に遭遇してしまった事実を
どう受け止めて人生を歩んでおられるのだろうか?

私はあの場、耳を傷めてしまった場所には
自ら進んで行き、自らの選択で通院治療を選択した。
サリン事件の被害者の方々とは違う点だ。
そしてこの耳の後遺症が、今の自分の身体へのいたわりを感じるさせる指標であり
それを背負っていきて行かなくてはならない。

私はこの本を読んでよかった。
事件を風化させてはいけないことも当然だが
今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ被害者の方もいらっしゃるわけだ。
取材を受け入れた方々のその勇気に感銘したし
何も知らなかった自分がとても恥ずかしく思えた。

五体満足で生まれたことに感謝し、それを傷つけ障害は残ってしまったものの
今、生きていることをもっと切実に幸せなことと思い
前に進まなくてはと思った。


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